りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

2020-01-01から1年間の記事一覧

アルジェリア、シャラ通りの小さな書店(カウテル・アディミ)

1936年のアルジェで、21歳の若さで書店兼出版社を開き、その後30年以上にわたって多くの優れた文学書を世に出した出版人とはどのような人物なのでしょう。アルジェリア出身でパリ在住の若い女性作家が、エドモン・シャルロという一般にはあまり知ら…

絡新婦の理(京極夏彦)

著者の「百句夜行シリーズ」を読むのは3冊目。多重人格者が犯人であった『姑獲鳥の夏』は良かったのですが、猟奇的な『魍魎の匣』を読んで嫌になってしまったのです。久しぶりに手に取ってみたのは、ライトバージョンである「今昔百鬼拾遺シリーズ」が面白…

後藤さんのこと(円城塔)

『オブ・ザ・ベースボール』に続く第2短編集である本書では、時間についてのさまざまな考察を主題にしているようです。ただし超絶技巧を用いた言語遊戯がいきすぎて、悪ふざけにしか思えない作品もあるのです。 「後藤さんのこと」 粒子でも波動でもあり、…

業平(高樹のぶ子)

在原業平の一代記と言われる『伊勢物語』は、きちんと体系だった業平の物語というわけではありません。数年前に新訳を起こした川上弘美さんも「全体を読むと、これは確かに一人の「男」の人生なのだと感じられる」と述べている程度。著者は本書を書くに際し…

光と風と夢・わが西遊記(中島敦)

タイトル作の「光と風と夢」は、サモアに移り住んだ『宝島』の作者スティーヴンスンの晩年を、書簡をもとに日記体で再生させた作品です。当初は「ツシタラの死」というタイトルで発表された作品であり、ツシタラとはサモア語で「物語の語り手」という意味だ…

チンギス紀 6(北方謙三)

タタールが金国から離反したことで、これまで金と西遼それぞれの北方政策に操られてきた草原のパワーバランスに変化が訪れます。金に与すると宣言したチンギスとケレイトの助力で、タタールは完膚なきまでに叩きのめされます。金から王の名称を下賜されたト…

チンギス紀 5(北方謙三)

ようやくタイチウト氏族との決戦に臨んだチンギス。兵力の上では3500騎対1万5000騎と劣勢ですが、鉄製のひじりによって飛距離の延びた矢、豊富な替え馬による速さの確保、新編成によって集散自在な百人隊などの事前準備によって、軍としての質が根…

今昔百鬼拾遺 天狗(京極夏彦)

「百鬼夜行シリーズ」のライトバージョンで、本編の主人公である京極堂こと中禅寺秋彦の妹の敦子が、女子高生の呉美由紀をバディ役として活躍する「井今昔百鬼拾遺シリーズ」の第3弾です。 挨拶に訪れた薔薇十字探偵社で美由紀が出会ったのは、失踪人捜索の…

今昔百鬼拾遺 河童(京極夏彦)

「百鬼夜行シリーズ」のライトバージョンで、本編の主人公である京極堂こと中禅寺秋彦の妹の敦子が、女子高生の呉美由紀をバディ役として活躍する「井今昔百鬼拾遺シリーズ」の第2弾です。 浅草界隈で横行する男性を狙った覗き魔事件は、河童が狙う尻子玉と…

今昔百鬼拾遺 鬼(京極夏彦)

著者のビカレスクロマンである「巷説百物語シリーズ」は大好きなのですが、猟奇的な事件を扱う「百鬼夜行シリーズ」は苦手で、今まで数冊しか読んでいませんでした。今般新たに3つの異なる出版社からほぼ同時に発売された「今昔百鬼拾遺シリーズ」は、京極…

べらぼうくん(万城目学)

著者は、「おもしろいエッセイとは人がうまくいっていない話について書かれたもの」という価値観を持っているとのこと。出版社からエッセイ連載を依頼され、「作家としてそこそこうまくいっている日常」をおくっているという著者が思いついたのは「青春期」…

ジェーン・スティールの告白(リンジー・フェイ)

19世紀の英文学を代表する『ジェーン・エア』は、恵まれない少女時代を過ごした孤児が、家庭教師として雇われた屋敷の主と紆余曲折の末に結ばれる物語です。かなり地味なヒロインですが、当時としては自立した女性像を描いたものとして頑迷な男尊主義者か…

定家明月記私抄 続編(堀田善衞)

出世が遅れていた定家ですが、50歳を過ぎてようやく公卿に相当する正三位に昇格。もっとも歌人としての業績を認められたからではなく、姉の九条尼が当時権勢を誇っていた藤原兼子に荘園を寄贈するなどの猟官運動の成果であるので、あまり威張れたものでは…

定家明月記私抄(堀田善衞)

『明月記』とは、新古今和歌集」や「小倉百人一首」の撰者として高名な藤原定家はが記した日記のこと。著者は、戦時中にこれを読んで「紅旗征戎我が事に非ず」の一文に愕然としたそうです。1162年から1241年にかけての定家の生涯は、源平合戦から承…

丁庄の夢(閻連科 エン・レンカ)

中国河南省の小村である丁庄村は死の匂いに満ちていました。10年前に政府の売血政策に乗って富を得ようとした結果、不衛生な採血によってエイズが蔓延してしまったのです。村人たちがひとりひとり、木の葉が風でハラリと落ちるように、灯が消えるように死…

2020/9 Best 3

今更ながら堀田善衞さんの作品を読みふけっています。これまで大著『ゴヤ』と『ミシェル城館の人』しか読んでいなかったのですが、『路上の人』を読んで彼の著作が持つ熱量を理解できたせいかもしれません。今月1位とした『若き日の詩人たちの肖像』の熱量…

レオナルドのユダ(レオ・ペルッツ)

15世紀末のミラノ。スフォルツ公に招かれてミラノに滞在し、「最後の晩餐」を描いているレオナルド・ダ・ヴィンチの筆は進みません。レオナルド・ダ・ヴィンチはこの大作の最重要ポイントである「ユダ」の顔のイメージが掴めないというのです。「この世の…

紅霞後宮物語 第0幕4(雪村花菜)

後に「伝説の皇后」となる関小玉の軍人時代を描く「第0幕」も4巻目に入りました。本書では主に、小玉の兄嫁であった三娘と、従卒から宦官になって小玉に仕える清喜クンについてが描かれています。 亡くなった母の服喪で生国の貧村に戻ってきた小玉を迎えた…

マジック・フォー・ビギナーズ(ケリー・リンク)

『空中スキップ』のジュディ・バドニッツや『燃えるスカートの少女』のエイミー・ベンダーや『いちばんここに似合う人』のミランダ・ジュライなど、21世紀アメリカにおいて、ファンタジーともSFとのホラーとも分類できない奇妙な文学の潮流が起こってい…

月の光(ケン・リュウ編)

この数年で中国のSFは世界に爆発的に広まりました。中国の科学技術の発展と比較すると遅すぎるくらいですが、1980年代に反体制小説として批判されたことで、2000年代に入るまでてSF小説家は存在していなかったとのこと。本書は『折りたたみ北京…

方丈記私記(堀田善衞)

「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」の名文で始まる『方丈記』は、無常感を表現する随筆として紹介されますが、著者の読み方は違います。著者は鴨長明を「言語に絶する大乱世を、酷薄なまでにリアリスティックに見すえて生きぬいた一人の…

オデッサ物語(イサーク・バーベリ)

1894年にオデッサのユダヤ人街に生まれたバーベリは、ロシア革命に際して赤軍に入隊するものの、病を得て翌年に帰郷。1920年代に発表した短編は熱狂的な人気を博したものの、やがて革命の理想と現実のギャップに気付いて次第に寡作となり、ついには…

お伊勢ものがたり 親子三代道中記(梶よう子)

頼りにならない新米の御師に案内されて、親子三代の武家の女性がお伊勢参りに向かう道中記。夫に先立たれた祖母のまつは、平凡な人生から逸脱して老後生活を実りあるものとする手始めにお伊勢参りを決意します。婚家で理想的な嫁を演じている娘の香矢は、二…

完本小林一茶(井上ひさし)

傑作戯曲「小林一茶」をメインに据えて、一茶をめぐるエッセイ、俳人・金子兜太との対談、著者選の「一茶百句」をセットにした「完本」です。「我と来て遊ぶや親のない雀」や、「痩蛙負けるな一茶是に有」や、「やれ打な蠅が手をすり足をする」や、「雀の子…

縁切寺お助け帖(2)姉弟ふたり(田牧大和)

縁切寺として有名な北鎌倉の東慶寺を舞台とする、シリーズ第2作です。水戸家の姫君から院代に転じた法秀尼。姫君の侍女としてついてきた人情の機微に敏い桂泉尼。元駆け込み女で理詰めの論法に強い秋山尼。かつては反東慶寺勢力から送り込まれた刺客であっ…

橋上幻像(堀田善衞)

1968年に出版された『若き日の詩人たちの肖像』の2年後に書かれた本作品も、「国家の横暴に対する怒り」という同じテーマを扱っています。タイトルは、時間の交差点である「Y字型の橋の中心点」という虚点に誘われた読者が、作者に代わって現れる登場…

若き日の詩人たちの肖像 下(堀田善衞)

日米開戦とともに、時代の闇は一段と深くなっていくようです。それは特高や右翼が、緒戦の戦果を「自分たちの勝利」と認識していることに象徴されていました。やがてその感覚は国民に強制され、世間に広く蔓延してしまうのです。 著者の分身である主人公は、…

若き日の詩人たちの肖像 上(堀田善衞)

1918年に生まれた著者が、自らの青年時代を題材にして描いた自伝的長編です。富山の廻船問屋の家に生まれ、金沢の中学校に通った少年が、大学受験のために上京したのは1936年の2月26日。226事件が起こった日でした。このことに象徴されるよう…

さよならの儀式(宮部みゆき)

時代ものから現代もの、ミステリからファンタジーまで何でも超一流の作品を書き続けている著者ですが、本書は8編のSFからなる短編集。実は、著者のSFは他の分野の作品ほどには魅力を感じないのです。ガジェットに新味がないせいなのでしょうか。もちろ…

ある子ども ギヴァー4部作完結編(ロイス・ローリー)

長い間3部作と思われていたシリーズに対して、8年後に書き加えられた第4部では、ジョナスが作り上げた村の「その後」が描かれます。 物語は、第1部『ギヴァー』でジョナスがコミュニティを出る際に連れていた幼児ゲイブの誕生から始まります。「出産母」…