りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

2023-05-01から1ヶ月間の記事一覧

2023/5 Best 3

1.地図と拳(小川哲) 満洲の架空の都市の半世紀にわたる興亡を通して、戦争に至る構造を描いた大作です。「地図」は理念を、「拳」は暴力を象徴しているのでしょう。類稀なる先見の明を有する主人公は、日中戦争・太平洋戦争を回避する道を探り続けたもの…

ペッパーズ・ゴースト(伊坂幸太郎)

デビュー作から一貫して「悪は報いを受ける。絶望は覆せる。未来は変えることができる」という姿勢を貫いている著者の作品リストに、新たな1冊が加わりました。 中学校の国語教師・檀千郷は「先行上映」と名付けた奇妙な能力を有しています。誰かの飛沫を浴…

砂に埋もれる犬(桐野夏生)

親によるネグレクトや虐待の問題が増えているようですが、幼少期に母親からの愛情を受けられなかった子供の人格は、どのように歪んでしまうのでしょう。著者は「女性への憧れや甘えを充足させられないまま思春期を迎えた少年にはミソジニー(女性嫌悪)が芽…

砂時計(ダニロ・キシュ)

読み続けるための忍耐を試されるような作品ですが、「手紙または目次」と題された最終章によって全てが明らかになります。本書の本文は、近い将来にアウシュヴィッツで命を落とすことになる53歳の男(E.S)が、1942年4月5日に妹のオルガに宛てて…

他人の家(ソン・ウォンピョン)

映画の脚本や演出の仕事も手掛けるという若い著者は、既に日本の本屋大賞翻訳小説部門の第1位を2度に渡って受賞している人気作家です。どちらの長編も未読ですが、はじめて出版された短編集を先に読んでみました。暗く厳しい現実社会を見つめながらも、灯…

青春とは、(姫野カオルコ)

60代になった乾明子は、コロナ禍でステイホームを余儀なくされて部屋の掃除を始めたところ、高校の先輩から借りたままになっていた本を発見。それをきっかけとして、学校だけが居場所だった高校時代の臣でが鮮やかに蘇ってきます。抑圧的な両親のもとで息…

野原(ローベルト・ゼーターラー)

著者の代表作である『ある一生』は、アルプスの村で生まれ育ち、貧しく平凡な生涯を送った男の生涯を淡々と綴っただけの作品でありながら、ミリオンセラーとなり、国際ブッカー賞候補作にまでなりました。多くの者たちの生涯の断章からなる本書とは対照的で…

地図と拳(小川哲)

2023年1月の直木賞受賞作は、満洲の架空の都市の半世紀にわたる興亡を通して、戦争に至る構造を描いた大作でした。奉天の東方に位置する李家鎮なる小村は、石炭鉱脈の発見によって発展していくのですが、やがて日本敗戦と満州国消滅によって消え去って…

タワー(ペ・ミョンフン)

2009年に刊行された、韓国SFの草分け的な作品である連作短編集です。物語の舞台となるタワーは674階建てで、人口50万人におよぶ地上最大の巨大摩天楼であり、「ビーンスターク」という名称は「ジャックと豆の木」に由来するとのこと。ビーンスタ…

幸村を討て(今村翔吾)

真田家の智将というと、2度に渡る上田合戦で圧倒的な兵力を徳川軍を退けた父・昌幸であり、大坂の陣で名を馳せた次男・幸村の名が上がるでしょう。その一方で、徳川家の下で真田家を存続させた長男・信之の影は薄いように思えます。2人の息子を徳川と豊臣…

メダリオン(ゾフィア・ナウコフスカ)

1884年にワルシャワで生まれて作家になった著者は、両大戦間期のポーランド文学協会で唯一の女性会員だったそうです。ドイツによる占領期間には母と妹とタバコ屋を営んで生計を立てつつ地下文学活動にも加わっていたとのこと。戦後はナチス犯罪調査委員…

あきない世傳 金と銀13 大海篇(高田郁)

宝暦元年(1751年)に浅草田原町に江戸店を開いた五鈴屋は、木綿を商う太物仲間の協力を得て、一度は断たれた呉服商いに復帰。身分の高い武家を顧客に得て豪奢な絹織も扱うことができるようになりました。手頃な品々を求める町人たちが気安く出入りでき…

孤蝶の城(桜木紫乃)

同郷の釧路に生まれたカルーセル麻紀さんの半生記を「想像で」描いた『緋の河』の続編であり、完結編です。前作では性的マイノリティーへの偏見が強かった時代に女性ダンサーとして生きることを目指し、性転換手術を受けることを決意するまでが描かれました…

墓地の書(サムコ・ターレ)

スロヴァキアの地方都市コマールノで、バックミラーつきの荷車でダンボール回収をしているサムコ・ターレには知的障害があるようです。しかし彼はいかがわしい占い師のお告げに従って、「墓地の書」なる小説を書き始めるのです。それははからずも、社会主義…

パラソルでパラシュート(一穂ミチ)

大坂の一流企業の受付で契約社員として働く柳生美雨は29歳。今どきこんな会社はないと思うけど、30歳になったら退職というルールによって、タイムリミットまであと1年。結婚なんて考えていないけれど、何をしていくのか計画が立っているわけではありま…

家の本(アンドレア・バイヤーニ)

物語における主役は人間であり、空間は背景に過ぎないという先入観を覆してくれる作品です。本書の主役は「〇〇年〇〇の家」という見出しで語られる家や部屋であり、登場人物はひとときだけそこにとどまり、いずれは過ぎ去っていく脇役にすぎないのです。 し…

太陽が死んだ日(閻連科 エン・レンカ)

中国で何度も発禁処分を受けている著者の新作も、やはり現代中国の地方における矛盾を象徴的に描き出しています。舞台は著者の故郷とおぼしき伏牛山脈の見える郷鎮であり、もはや創作の力を失っていた著名作家の閻連科なる人物もそこに戻って、老いた母親と…

オリーブの実るころ(中島京子)

結婚と家族と愛をめぐる6篇の物語が収録されています。一見平凡な日常の中にも、複雑な人間関係が潜んでいるのです。そして別居や離婚というネガティブな行為が、その後の豊穣な人生をもたらすこともあるのです。 「家猫」 離婚した40代の独身男性をめぐ…

流浪地球(劉慈欣 リウ・ツーシン)

「三体シリーズ3部作」の著者による短編集ですが、収録されている6作品はどれも中編レベルの内容・分量を備えており、読み応えのある1冊に仕上がっています。本書の姉妹編として5編の中編が収録されている『老神介護』も必読ですね。 「流浪地球」 40…

ライオンのおやつ(小川糸)

若くして余命を告げられた主人公の雫は、レモン島と呼ばれる瀬戸内の島のホスピス「ライオンの家」に引っ越しました。彼女は暖かい場所で、毎日海を見ながら残された日々を過ごしたいと願ったのです。人生最後のひと時を好きなように過ごさせてくれるライオ…

惑う星(リチャード・パワーズ)

ピュリッツアー賞を獲得した前作『オーバーストーリー』と同様に、人類の自然破壊行為に対する警鐘がテーマです。9人もの登場人物が絡み合う長大な前作を交響曲とするなら、ひと組の父子の物語である本書はピアノソナタであると著者が語っているように、わ…

物語ポーランドの歴史(渡辺克義)

10世紀に起こったポーランド王国は、14世紀から16世紀にかけてはポーランド・リトアニア連合王国として中欧の覇者となった歴史を持っています。現在のバルト3国、ベラルーシ、ウクライナの大半を支配していた中世の大国であったわけです。しかし17…

殿様の通信簿(磯田道史)

諸田玲子さんの『ちよぼ』を読んだついでに、彼女の息子である加賀藩第3代藩主である前田利常を多く取り上げていた本書を再読してみました。全9章のうち、前田利家に1章、前田利常に3章も割いているのです。本書の元になった資料は、元禄期に書かれた『…

遠きにありて、ウルは遅れるだろう(ペ・スア)

「存在を規定する記憶をすべて失い、“ウル”と名づけられた女性」というのは、いったい何者なのでしょう。そして同じ時間に別の場所で進行している3つのウルの物語とは、いったいどういうことなのでしょう。ヒントは、その時間が2019年1月23日の翌日…

味比べ 時代小説アンソロジー(大矢博子/編)

書評家として時代小説にも詳しい編者による「食べ物をテーマとした時代小説アンソロジー」です。「食べる」という行為は、人間生活の基本であるにもかかわらず、いや基本であるが故にか、時代や身分、環境、職業によってさまざまな意味を有しているようです…

花と舞と 一人静 (篠綾子)

源義経の愛妾として知られる静御前は実在したようですが、生没年も不明であり、謎の多い女性です。『吾妻鏡』では、都落ちした義経との吉野での別れ、母の磯禅師とともに鎌倉に送られての白拍子の舞、出産した義経の男児を殺害された後に帰京させられた半年…