りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

パラソルでパラシュート(一穂ミチ)

大坂の一流企業の受付で契約社員として働く柳生美雨は29歳。今どきこんな会社はないと思うけど、30歳になったら退職というルールによって、タイムリミットまであと1年。結婚なんて考えていないけれど、何をしていくのか計画が立っているわけではありません。そんな時にコンサート会場でお笑い芸人の矢沢亨と出会います。彼とつきあい始めたわけではないけれど、亨や相方の弓彦、そして仲間の芸人たちとの交流が始まり、退屈だった美雨の人生は輝き始めるのですが・・。

 

又吉直樹さんの『火花』やあさのあつこさんの『The MANZAI』をはじめ、売れない芸人の生きざまを描いた小説も増えてきました。本書もその中の1冊かと思ったのですが、BLを得意とする女性作家の視点は一味違いますね。亨の天才性に惚れ込みながらも劣等感に悩む弓彦と、弓彦のお笑い感覚を信頼している亨の関係の描き方は秀逸です。

 

そして本書にはもうひとつ、隠し味があったのです。それは女装役を得意としている亨が、モデルにしている女性の存在でした。そして美雨とその女性には共通性があったのです。「女性が輝く」とか「夢を追い続ける」などというキャッチフレーズとは縁遠く、流されて生きているようで、強烈な自我を覗かせることがあるタイプ。持っているのは何の助けにも武器にもならないパラソルだけなのに、思い切って高い所から飛び降りることもある女性。でも身をすくめているうちに飛行機が墜落することもあるわけだし、落ちた下には安全ネットがあるのかもしれません。誰かと手をつないだり離れたりしながら落下していく感覚は、あるいは人生の醍醐味なのでしょうか。

 

2023/5