りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

2017-08-01から1ヶ月間の記事一覧

2017/8 「日本文学全集9」平家物語(古川日出男訳)

8月の1位には、古川日出男さんの新訳による『平家物語』を選びました。古川さん独特の「ボイス」が、源平合戦の軍記部分の疾走感にも、滅びゆく者たちへの鎮魂部分の哀悼感にも、見事に嵌っていたと思います。素晴らしい人選でした。 3位にあげた加納朋子…

オードリー'sレディの格言(ルーシー・ホリデイ)

女優の卵というには年もいきすぎ、ステージ・ママからも見放されたリビーの唯一の楽しみは、家でひとり好きな映画を見ることだけ。ようやくつかんだセリフのある役も不注意からクビになり、スターからのお誘いも妹に横取りされ、引っ越し先の部屋に届いたソ…

坂の途中の家(角田光代)

ストーリーはシンプルです。2歳児の育児に追われる専業主婦の里沙子が、30代女性の水穂が乳幼児の虐待死で訴えられた事件の裁判員に選ばれるというもの。提起された問題は、「普通の主婦が普通の主婦を裁く」ということに留まりません。証言を聞いていく…

あるいは修羅の十億年(古川日出男)

タイトルはもちろん宮沢賢治『春と修羅』の「序」に記された言葉です。「ひとつの青い照明」にすぎない「わたくしといふ現象」が虚無性と永遠性を併せ持つという文脈の中で、本書は理解されるべきものなのでしょう。 2026年の日本。2カ所の原発事故によ…

今ひとたびの、和泉式部(諸田玲子)

紫式部や赤染衛門とともに中宮彰子の文芸サロンの一員であり、藤原道長から「浮かれ女」と呼ばれ、恋多き女として語られる和泉式部とは、どのような女性だったのでしょう。赤染衛門の娘・江侍従が、姉のように慕っていた和泉式部の「実像」に迫ります。 まず…

蟹工船・党生活者(小林多喜二)

戦前のプロレタリア文学である本書が、「究極のブラック職場」とのことで数年前にブームになっていたようです。あらためて再読してみると、想像を絶する世界でした。 蟹工船は「航船」でも「工場」でもないとされ、航海法も労働法も適用されないというのです…

ふたつの海のあいだで(カルミネ・アバーテ)

イタリア半島の最南端に位置するカラブリア州の小村ロッカルバ。ティレニア海とイオニア海という「ふたつの海」を見下ろす小高い丘に建っていた「いちじくの館」。1835年にフランスの文豪デュマも泊まったという宿は、既に焼け落ちて荒れ果てていました…

皇后ジョゼフィーヌの恋(藤本ひとみ)

文庫化に際して改題されましたが、原題の『皇后ジョゼフィーヌのおいしい人生』のほうがいいですね。本書は、踏まれても倒れても、女であることを武器としながらステップアップを目指し、最後までハッピーでいられた女性の物語なのです。 その女性は、ナポレ…

チャイナ・メン(マキシーン・ホン・キングストン)

「村上柴田翻訳堂シリーズ」で復刊された作品です。1940年に中国系移民の娘としてカリフォルニアで生まれた著者が、自らのルーツについて綴り、1980年に全米図書賞のノンフィクション部門を受賞した作品です。 とはいえ、本書は決してノンフィクショ…

平家物語3「平氏への鎮魂歌」(古川日出男訳)日本文学全集9

平家が滅亡へと追い込まれていく「7の巻」から「12の巻」の主役は、義仲でも義経でも頼朝でもありません。本書の主題である無常観を体現しているのは、滅びゆく平氏一門なのです。少々くどい感がありますが、平氏の公達が舞台から退場する場面を列挙して…

平家物語2「名将の悲劇」(古川日出男訳)日本文学全集9

「源平合戦」の描写こそが、平家物語が「軍記物」であるゆえんです。琵琶法師の撥が激しくかき鳴らされていく中で、古川さんの新訳は疾走感を増していきます。 清盛死後の「7の巻」は、「倶利伽羅峠の戦い」から始まります。粗暴ながら戦いにはめっぽう強い…

平家物語1「驕る平家は久しからず」(古川日出男訳)日本文学全集9

古川日出男さんによる「平家物語」全訳は905ページもある「大河物語」で、内容も濃いので3回に分けて記そうと思います。まずは「1の巻」から「6の巻」の「清盛の死」まで。 冒頭の「祇園精舎」で平家物語を貫くテーマが「無常観」であることが示されて…

レインレイン・ボウ(加納朋子)

『七人の敵がいる』と『我ら荒野の七重奏(セプテット)』の主人公「ブルドーザー陽子」が初登場した作品とのことで、図書館から借りてきました。本書を書いた当時は、一番の苦手キャラの陽子を主人公にシリーズを書くとは思ってもいなかったそうです。どれも…

沢村貞子という人(山崎洋子)

昭和32年から30数年に渡って沢村貞子のマネージャーを務め、最期まで看取った著者が、「美しく生きて美しく老いた」名女優の思い出を綴ったエッセイです。『横濱唐人お吉異聞』など横浜を舞台にした小説を多く著している山崎洋子さんとは、同姓同名の別…

心臓異色(中島たい子)

『漢方小説』や『そろそろくる』で、30代女性の微妙な体調の悩みを描いてきた著者ですが、『LOVE&SYSTEMS』と本書は、かなりSFがかった作品です。新境地の開拓なのでしょうが、あまり成功しているとは思えません。次作の『院内カフェ』では…

八万遠(やまと)田牧大和

痛快時代小説を書きまくっている著者によるファンタジーですが、著者らしい奔放さが顕れてくるのは後半になってから。前半の、本書を貫いている世界観を説明する部分は、少々くどくなってしまった感があります。 「天神」の子孫である上王が、宗教によって統…

素晴らしいアメリカ野球(フィリップ・ロス)

原題は『偉大なアメリカ小説』であり、100ページ近くある「プロローグ」では、老スポーツ記者が著したとされる本書こそが「偉大なアメリカ小説」なのだと断言されます。その過程で「なりそこない」として激しくディスられているのは、『白鯨』、『緋文字…

我ら荒野の七重奏(セプテット) 加納朋子

ワーキングマザーの「ブルドーザー陽子」が、ひとり息子の陽介の小学校入学とともに始まったPTAライフを描いた『七人の敵がいる』の続編です。前作では「七人の敵」を最終的には味方にしてしまった陽子でしたが、今度の舞台は中学校。吹奏楽部に入った陽…

GOSICK BLUE(桜庭一樹)

新シリーズ2作めですが、時系列的には前巻の『GOSICK RED』よりも前になります。旧世界を巻き込んだ大戦を生き延びたヴィクトリカと久城一弥が、移民船に乗ってニューヨークに到達した日の物語。 2人はなぜか、新大陸で財を成した移民一世の女傑…

総選挙ホテル(桂望実)

『県庁の星』の著者による「お仕事小説」ですが、かなりヒネリが利いています。倒産間近の中堅ホテルの社長に就任したのは、大学で長年心理学を教えていた変人教授。彼が打ち出した案は「従業員総選挙」だったのです。 これは一面では、約20%の従業員を退…

五月の雪(クセニヤ・メルニク)

オホーツク海に面したロシアの町マガダンには、かつて強制収容所が置かれていたとのこと。暗い歴史である反面、政治犯とされた学者や芸術家も多く、町の文化水準は高かったようです。1983年にマガダンで生まれ、15歳のとき家族と共にアラスカに移住し…

東京會舘とわたし(下)新館(辻村深月)

東京會舘への思い入れも深い著者による「歴史小説」の下巻は、1972年に建てられた新館へと舞台を移します。 「6.金環のお祝い」(1976年1月18日) 今年金婚式を迎えるはずだった夫を2年前に亡くした老女が、結婚記念日に開かれた新年会に訪れ…

東京會舘とわたし(上)旧館(辻村深月)

本書は、東京會舘で結婚式を挙げたという著者が、後にこの場所で直木賞を受賞した際に書いたエッセイがもとになって生まれた「歴史小説」です。著者もまた、1922年の開業以降の「場所の歴史」が「個人の思い出」と重なり合って生まれた作品の登場人物の…

ギリシア人の物語1(塩野七生)

塩野七生さんの新シリーズは「ギリシア」でした。『ローマ人の物語』の第1巻の時代に興隆と衰退のサイクルを終えてしまったギリシアを、著者は「短距離走者」と呼び、「民主主義をはじめ、あらゆる概念を創造したけれど、パクス(平和)という概念だけは作…

僕僕先生10 神仙の告白(仁木英之)

ニートのダメ青年の王弁クンが、ツンデレ美少女仙人の僕僕先生と旅を続けていく中で成長していく物語は、『第9巻 恋せよ魂魄』でほとんど終わっていたのですが、旅路の果てに2人を待っていたのは「人間界の滅亡」というとてつもなく大きな問題でした。しか…

僕僕先生9 恋せよ魂魄(仁木英之)

シリーズ第9作は、大きな転換点となりました。ダメ青年の王弁が、美少女型の仙人・僕僕先生に連れられて中国辺境への修行の旅に出る物語は、前巻の『仙丹の契り』で終了。ちょっとだけ成長して仙人へと近づいた王弁は、長安への帰路につきます。これまでの…