りぼんの読書ノート

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平家物語3「平氏への鎮魂歌」(古川日出男訳)日本文学全集9

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平家が滅亡へと追い込まれていく「7の巻」から「12の巻」の主役は、義仲でも義経でも頼朝でもありません。本書の主題である無常観を体現しているのは、滅びゆく平氏一門なのです。少々くどい感がありますが、平氏の公達が舞台から退場する場面を列挙して「平氏への鎮魂」としましょう。

一の谷の戦いで討ち死にしたのは、それぞれ清盛との関係で整理すると、異母弟の忠度、八男の清房、養子の清貞、孫の知章と師盛、甥の通盛、業盛、経正、経俊、敦盛ら。中でもわずか15歳の敦盛が、いったんは追っ手を振り切ったものの熊谷直実に卑怯呼ばわりされて引き返し、打ち取られたエピソードは哀れです。後に織田信長が好んだ「人間五十年」は、幸若舞「敦盛」の一節です。

生け捕りにされた五男の重衡は鎌倉に送られ、頼朝からも貴人ぶりを愛でられますが、彼の手による南都焼き討ちを憎んだ僧侶たちの手で斬首されます。また嫡男重盛の嫡子維盛は、一の谷を脱出した後に出家し、妻の小宰相や息子高清を残して、補陀落渡海という名の入水自殺を遂げました。

壇ノ浦の戦いでは、源平合戦の英雄であった四男の知盛や、甥の教経が壮絶な戦死。平家総大将であった次男宗盛と息子清宗は無様に捕えられて斬首。しかし最大の悲劇は、清盛の妻で「二位の尼」こと時子とともに入水した、幼い孫の安徳天皇でしょう。安徳天皇の母である健礼門院徳子も海に身を投げたものの救い出され、大原寂光院平氏一門の菩提を弔いながら余生を過ごすことになります。

そして、清盛の祖父・正盛から数えて6代めの嫡子にあたる六代御前こと高清のエピソードが、本編の最後に綴られます。文覚上人の助命嘆願によって出家したものの、文覚の没落とともに処刑され、平氏の正統はここに絶えることになります。そしてエピローグにあたる「灌頂の巻」での、健礼門院の死をもって「平家物語」は終わります。本書の真の主役は、死にゆく男たちの陰でさめざめと泣く、女たちなのかもしれません。「ボイス」を持つ作家は、「語り」の綴り手として素晴らしい組み合わせでした。