りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

百夜(高樹のぶ子)

小野小町は、紫式部や清少納言らによる王朝文化最盛期から100年ほど前に登場した才女です。「古今和歌集」の六歌仙に選ばれた和歌の名手であり、また美人の代名詞として、彼女の名前を知らない者などいないでしょう。しかし彼女の足跡は意外なほどに不確…

茜唄 下(今村翔吾)

平清盛の四男であり、平家棟梁となった兄の宗盛を補佐して源平合戦を闘い抜いた平知盛を視点人物とする「今村本平家物語」は、いよいよ佳境に入っていきます。「三国志」さながらの「天下三分の計」を実現させるために知盛が築き上げた必勝態勢はなぜもろく…

茜唄 上(今村翔吾)

この数年だけでも「平家物語」は「池澤夏樹編日本文学全集」に収められた古川日出男訳と「宮尾登美子本」を読みましたが、著者による新解釈は新鮮でした。勝者によって書き記されるはずの歴史が、なぜ敗者である平家の名が冠されているのか。それを遺して後…

ニッケル・ボーイズ(コルソン・ホワイトヘッド)

アメリカ南部から脱出する黒人奴隷たちの逃亡劇をファンタジーとして描いた『地下鉄道』の著者が、2度目のピューリッツアー賞を獲得した本書は、史実に基づくリアリズム小説でした。閉鎖されたフロリダ州の少年院学校から多数の遺骨が発掘されたことで、こ…

踏切の幽霊(高野和明)

『13階段』や『ジェノサイド』のイメージが強かったのですが、著者の本領は「社会派ホラーミステリ」で発揮されるのかもしれません。幽霊譚をがっつり中心に置いた作品です。 都会の片隅にある踏切で撮影された心霊写真。そこでは列車の非常停止が相次いで…

そこにはいない男たちについて(井上荒野)

夫のすべてを嫌いになってしまったまりは、友人の瑞歩に誘われて料理教室に参加します。そこは愛する夫を1年前に亡くした美日子が久しぶりに再開した、女性たちが少人数で交流する場でもありました。2人とも38歳で、まだまだ女盛り。まりはマッチングア…

台湾漫遊鉄道のふたり(楊双子)

昭和13年、林芙美子を思わせる作家・青山千鶴子は日本統治下の台湾に講演旅行に招かれて、通訳の王千鶴と運命の出会いを果たします。千鶴は少女のような外見にもかかわらず、現地の食文化や歴史に通じ、料理の腕まで天才的な女性でした。通訳・秘書・ガイ…

播磨国妖綺譚 伊佐々王の記(上田早夕里)

15世紀半ば、足利時代の播磨国を舞台として、平安時代の陰陽師・蘆屋道満の末裔である2人の青年を主人公とする呪術ファンタジーの第2弾。怪異が見える僧形の弟・呂秀と、見る才はないものの強力な術師である薬師の兄・律秀のコンビはバランスが取れてい…

クレイジー・リッチ・アジアンズ(ケビン・クワン)

貧しい中国系移民の娘ながら、ニューヨーク大学の経済学教授となった29才のレイチェル・チューは、シンガポール出身の同僚ニック・ヤングと恋愛中。彼が幼馴染の親友コリン・クーの結婚式で付添人を務めることになって、一緒にシンガポールで楽しい夏休み…

宮尾本平家物語 4(宮尾登美子)

いよいよ平家の栄枯盛衰を綴った長い物語も終わろうとしています。安徳天皇を連れて都落ちした後の平家は四国屋島に内裏を建て、 備中水島で木曽義仲軍に大勝。播磨室山でも源行家軍を破って京へ帰還する勢いを見せますが、それも源義経が登場するまでのこと…

宮尾本平家物語 3(宮尾登美子)

福原遷都の失敗、源頼朝や木曽義仲の挙兵、さらに平清盛病死と、栄華を誇った平家一門の没落が始まります。まずは年表を記しておきましょう。 1180年6月 福原遷都 1180年8月 文覚から平家追討の院宣を受けた源頼朝が伊豆で挙兵 1180年10月 …

宮尾本平家物語 2(宮尾登美子)

保元・平治の戦いに相次いで勝利をおさめた平清盛は、武士として栄華の絶頂を極めていきます。乱の直後には正三位の参議に、数年後には従一位・太政大臣に叙せられるのです。その一方で、妻・時子の妹で後白川上皇の女御となっていた建春門院・滋子が男児を…

宮尾本平家物語 1(宮尾登美子)

大河ドラマで紫式部を主人公に据えた「光る君へ」が放送される2024年は「源氏物語」の年になるのではないかと思われます。フィクションである「源氏物語」の現代語訳や翻案した作品を著した女性作家が多い一方で、「平家物語」は少々影が薄い。待賢門院…

2024/3 Best 3

1.チンギス紀 17(北方謙三) 著者渾身のライフワークである「大水滸シリーズ」がついに完結。「水滸伝19巻」、「楊令伝15巻」、「岳飛伝17巻」に続く「チンギス紀17巻」ですから、全部で68巻。気の遠くなるようなページ数です。著者は直木賞…

狐花火(今村翔吾)

江代中期の火消たちの活躍を描く「羽州ぼろ鳶組シリーズ」第7巻は、過去の忌まわしい事件の記憶が蘇ってくる物語。バックドラフト、粉塵爆発、ガス火災、自然発火などの悪魔的な仕掛けを用いた連続放火事件の手口は、2年前に愛娘と愛妻を失った悲しみから…

赦しへの四つの道(ル=グィン)

まさか2018年に亡くなったル=グィンさんの新訳、しかも1960年代から70年代にかけて綴られた「ハイニッシュ・ユニバース・シリーズ」の続編を読むことができるとは思ってもいませんでした。本書に収録さえているのは1990年代に書かれた4作であ…

ドゥルガーの島(篠田節子)

大手ゼネコン勤務の加茂川一正は、ダイビングのために訪れたインドネシアの小島で海中に聳え立つ仏塔を発見します。まるでボロブドゥールのストゥーパのような仏塔は、11世紀にアラビア人が島に上陸する前の文明の遺物なのでしょうか。かつてボロブドゥー…

しゃばけ22 いつまで(畠中恵)

「しゃばけシリーズ」の第22作は、17年ぶりとなる長編でした。前巻で登場した一太郎の新たな主治医・火幻の正体が明らかになります。彼は平安時代の葬送地であった鳥辺野で焚死した僧の亡霊だったのですね。通常、妖とは生まれ出た土地に縛られるものな…

しゃばけ21 こいごころ(畠中恵)

このシリーズも第21巻となりました。開始直後のマンネリは、命に限りある者たちの生死観を深く掘り下げることで回避しましたが、再び停滞気味に感じているのは私だけでしょうか。もっともこれだけ続くと「偉大なるマンネリ」の域に近づいているのかもしれ…

大仏ホテルの幽霊(カン・ファギル)

名門幼稚園に渦巻く階級意識と悪意を描いた短編「ニコラ幼稚園(短編集『大丈夫な人』収録」の執筆に取り掛かったものの1行も書けなくなった著者が、母の親友の故郷・仁川で感じた女性の霊とは何だったのでしょう。そこは日本占領時代に建てられた西洋式「…

播磨国妖綺譚(上田早夕里)

『華竜の宮』や『ブラック・アゲート』などのハードSFでデビューした著者ですが、近年はジャンルにこだわらずさまざまな分野の作品を書くようになっています。本書は室町時代の陰陽師の兄弟を主人公に据えた、完成度の高い作品です。著者もこの作品が気に…

思い出すこと(ジュンパ・ラヒリ)

コルカタ出身の両親のもとでロンドンで生まれ、アメリカで育って英語で小説を書いていた著者が、ローマに移住してイタリア語で作品を書き始めた時には驚きました。エッセイ『べつの言葉で』と長編小説『わたしのいるところ』に続く3作目のイタリア語作品で…

最後のライオニ(キム・チョヨプほか)

コロナ禍の出口が見えなかった2020年9月に出版された本書は、ずばりバンデミックをテーマとする韓国SF作家たちの競作です。 「最後のライオニ(キム・チョヨプ)」 人類が感染症で絶滅して機械が支配する惑星の探査を命じられた女性は、なぜか彼女を…

マイ・シスター、シリアルキラー(オインカン・ブレイスウェイト)

ナイジェリアの若い女性作家によるかなり危ないミステリは、私たちがナイジェリアという国に抱くイメージを軽々と覆してくれました。首都ラゴスのアッパーミドル階級に属する若い姉妹は、最新流行のファッションをまとってパーティに興じ、SNSで見栄を張…

チンギス紀 17(北方謙三)

著者渾身のライフワークである「大水滸シリーズ」がついに完結。「水滸伝19巻」、「楊令伝15巻」、「岳飛伝17巻」に続く「チンギス紀17巻」ですから、全部で68巻。気の遠くなるようなページ数です。著者は直木賞選考委員を退任した際に「最後の長…

チンギス紀 16(北方謙三)

ホラズム国との戦闘が終わろうとしています。大軍を率いた国王アラーウッディーンはカラ・クム砂漠で大敗を喫し、カスピ海の孤島で無念の死を迎えます。精強な傭兵軍を率いたトルケン太后も囚われて力を失いました。後継者となった皇子ジャラールッディーン…

僕は、そして僕たちはどう生きるか(梨木香歩)

昨年ジブリ映画のタイトルとなって注目された『君たちはどう生きるか(吉野源三郎)』へのオマージュとして、2007年から2009年にかけて連載された作品です。 日中戦争の最中に書かれた吉野源三郎作品の主人公と同様に、コペルニクスにちなんで「コペ…

その丘が黄金ならば(C・パム・ジャン)

19世紀後半、ゴールドラッシュが終わった後のアメリカ西部で、両親を失った後に安住の地を捜して旅をする中国系移民の姉妹の物語が、時代を超えた神話のように描かれていきます。時代設定は「xx62年」などとされ、「スウィートウォーター」という架空の…

李の花は散っても(深沢潮)

在日韓国人の家庭に生まれ、後に日本に帰化した著者の作品には、国家間の悲劇に抗いながら日韓融和を模索し続けた2人の女性の半生が描かれています。本書には「長く染み付いている男性中心の語りや価値観に少しでも抗いたい」という、著者の願いが込められ…

夢胡蝶(今村翔吾)

江代中期の火消たちの活躍を描く「羽州ぼろ鳶組シリーズ」の第6巻の舞台は吉原でした。吉原火消は「武家火消」でも「町火消」でもなく、各妓楼が抱えている「店火消」の集合体なんですね。妓楼が焼ければ廓外で無税の臨時営業ができるという「燃えれば儲か…