りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

2010-01-01から1年間の記事一覧

2010 My Best Books

今年も1年を振り返っての「ベスト本」を選んでみました。 長編小説部門(海外) メイスン&ディクスン(トマス・ピンチョン) 天文学者と測量士のコンビが独立前のアメリカに「線」を引いていくコミカルな珍道中記ですが、笑いの中から浮かび上がってくるの…

2010/12 武士の家計簿(磯田道史)

12月の1位には「新ジャンル」を切り開いた感のある『武士の家計簿』を選びましたが、10年前に出版された『銃・病原菌・鉄』には圧倒されました。人類史上の壮大なミステリである文明発展過程への挑戦は、決して単純な環境決定論ではありませんが、動植…

青べか物語(山本周五郎)

浦安に住んで10年近くなる者としては、この本を読まないわけにはいきません。今年の読書ノートはこの本で締めくくることにしましょう。 著者が住んでいた昭和のはじめの浦安(小説では浦粕)は、江戸川(小説では根戸川)の河口にあった漁師町。現在ではT…

ダーウィンの子供たち(グレッグ・ベア)

『ダーウィンの使者』で、遺伝子に潜むウイルスによって新人類が誕生してから12年。思春期を迎えつつある「ウイルス・チルドレン」は、やはり旧人類には受け入れられず、アメリカでは各地で隔離されたままの生活を送っています。 ウイルスを発見した分子生…

小説フランス革命6 フイヤン派の野望(佐藤賢一)

国王一家の国外逃亡失敗という事態を受けて、憲法制定議会は揺れ動きます。国王の罪を問うつもりのない三頭派(バルナヴ、デュポール、ラメット)ら穏健派は、ジャコバン・クラブを離脱してフィヤン・クラブを設立し、圧倒的多数派を握ります。彼らは、立憲…

小説フランス革命5 王の逃亡(佐藤賢一)

1791年春。聖職者民事基本法を巡ってフランスの協会が大分裂(シスマ)に陥る中、王室存続を図りながら革命を指導してきたミラボーの病死によって、議会工作の手段を失ったルイ16世は、ついに国外逃亡を決意します。 真夜中の宮廷脱出。夜道を進む馬車…

バセンジーは哀しみの犬(キャロル・リーア・ベンジャミン)

離婚歴のある30代後半のユダヤ人女性で、もとドッグトレーナーの私立探偵。そんなレイチェルが、相棒の闘犬ダシールとともに、ニューヨークで発生した殺人事件にハードボイルド調に挑むという、ちょっと変わったミステリです。 ゲイの画家である友人の殺害…

願い星、叶い星(アルフレッド・ベスター)

SFの古典である『虎よ、虎よ』(未読ですが)の作者の中短編を集めた一冊です。「時間と空間を手玉に取り、機知に富み、深遠であると同時に軽薄」とも評される「ワイドスクリーン・バロック」の片鱗が、その作品からもうかがい知れますね。 ごきげん目盛り…

扉守(光原百合)

小さな奇跡にあふれている瀬戸内の町「潮ノ道」を舞台にした連作短篇集。モデルになっているのはもちろん著者の故郷「尾道」です。さまざまな不思議と共存しながら伸びやかに生きている女性たちの姿からは、著者の故郷への想いも感じられます。上質の小説に…

卵をめぐる祖父の戦争(デイヴィッド・ベニオフ)

現代アメリカで作家をめざしているディヴィッドは、「ナイフの使い手だった私の祖父は18歳になるまえにドイツ兵をふたり殺している」との噂を確かめるために、ユダヤ系ロシア人であった祖父のレフの戦時体験を取材します。祖父が祖母に内緒で語ってくれた…

おっぱいとトラクター(マリーナ・レヴィツカ)

なんともコミカルでユニークなタイトルですが、原題はもっとすごい。「ウクライナ語によるトラクター小史」というのですから、訳がわかりませんね。 本書は、戦争直後にドイツの難民キャンプで生まれ、ウクライナ出身の両親や姉とともにイギリスに移住した著…

銀座開化おもかげ草紙 西南の嵐(松井今朝子)

『幕末あどれさん』から数えて4作めとなるシリーズの完結編となります。 明治維新から10年。ついに西南戦争がはじまりました。元旗本の次男坊で維新直後に北海道に逃亡していたものの、後に東京に舞い戻ってきた最後のサムライ、久保田宗八郎の周囲もあわ…

ゆんでめて(畠中恵)

妖に囲まれて暮らす病弱な若旦那・一太郎の成長を描く『しゃばけシリーズ』の第9作。 このシリーズ、江戸を舞台にした「不思議ミステリ」なのか「不思議人情話」なのか、著者の迷いも伝わってくるようにも思えて、一時はかなり中だるみ感があったのですが、…

黙祷の時間(ジークフリート・レンツ)

82歳の巨匠が紡ぎだした、少年の恋愛小説です。ドイツ北辺の小さな港町でギムナジウムに通う高校生クリスティアンが、若い英語教師シュテラに憧れて恋をする心理が、みずみずしく描かれます。 しかし、少年の恋心は報われるものでなかったことは冒頭から明…

楊令伝14(北方謙三)

ついに、楊令が描いた「替天行道」の形が見えてきます。それは、「民を略奪する国家」を廃して、「民を富ませる国家」を作ることでしたが、具体的には「自由市場」という形で現われてくるんですね。 この思想は、「閉鎖的な経済圏における限定的な市場」を前…

シャーロック・ホームズの叡智(コナン・ドイル)

「めざせ、シャーロキアン!」とのことで春から読んできた「ホームズ・シリーズ」もこれで最後の1冊です。もともとオリジナルには本書は存在せず、新潮社がシリーズを文庫化する際に、各短編集から割愛した作品を最後に1冊にまとめたもの。 技師の親指:水…

絵で見る十字軍物語(塩野七生)

イタリア・ルネサンス研究からはじまって、『コンスタンチノープルの陥落』からの「東地中海3部作」をものし、一転して「古代ローマ」に遡って歴史をたどってきた塩野さんの関心は、「中世」に移ってきたようです。 塩野さんは『ローマ亡き後の地中海世界』…

音もなく少女は(ボストン・テラン)

原題は『WOMAN』。「創造者」であり「保護者」であり「破壊者」であろうとした女性たちの、静かで激しい闘いを描いた物語。彼女たちが闘った相手は、弱い女性たちに暴力を振るう男性であり、女性に対して理不尽な世界。 一方で本書は、3人の女性たちの…

雲奔る 小説・雲井龍雄(藤沢周平)

明治維新で朝敵とされた奥羽越列藩同盟の有力メンバーであった米沢藩出身の志士、雲井龍雄の一代記です。 下級武士の出身でありながら才能を認められて藩費で江戸に遊学。桂小五郎や広沢真臣ら、多士済々の顔ぶれが並ぶ安井息軒の三計塾で塾頭を務めてとりわ…

香水(パトリック・ジュースキント)

18世紀のフランス。天才的な嗅覚を持ちながら、自分自身の体臭を持つことのなかった孤児グルヌイユの衝撃的な人生の物語。 かぐわしい香水を生んだパリは、悪臭の街でもありました。汚泥、糞尿、腐臭、疫病、死臭すら濃厚に漂う街で、香水の存在を知ったグ…

愛書家の死(ジョン・ダニング)

元殺人課の警部ながら、古本の魅力に取り憑かれて古書店主となったクリフを主人公とするシリーズ4作め。ただ、古書に関するミステリとの印象は薄れました。事件のきっかけこそ、愛書家であった夫人の蔵書が何者かに盗まれていたことで、犯人も古書に憑かれ…

いつか陽のあたる場所で(乃南アサ)

この人の本は、刑事・音道貴子シリーズしか読んでいなかったのですが、魅力的な人物が登場する新シリーズというので、手にとってみました。 主人公は2人の女性です。小森谷芭子29歳と、江口綾香41歳。ひとまわりも年齢の違う2人の共通点は、なんと元前…

さよならまでの三週間(C・J・ボックス)

「現代のウェスタン」であり、「自然派ミステリ」でもあるワイオミングの猟区管理官ジョー・ピケットを主人公にしたシリーズの作者の書いた、ノン・シリーズ作品です。 子宝に恵まれずに赤ちゃんを養女として迎えた30代の夫婦、ジャックとメリッサに対して…

ウォークン・フュアリーズ(リチャード・モーガン)

27世紀。精神はデジタル化されてメモリースタックとなり、異なる肉体への移し変えが可能になっています。肉体的な死が「永遠の死」を意味しない時代。人類は宇宙開拓を始めており、それぞれ自治権を持つ殖民惑星を統治するために中央政府はエンヴォイと呼…

武士の家計簿(磯田道史)

堺雅人、仲間由紀恵、松坂慶子、中村雅俊ら、錚々たる顔ぶれで映画化された作品の原作は、なんと新書版の歴史研究書でした。茨城大学の教授である著者が古書店で見出した「金沢藩士猪山家文書」という武家文書に、ある武家の4代に渡る精緻な家計簿が残され…

文明崩壊(ジャレド・ダイアモンド)

『銃・病原菌・鉄』で文明の発展過程について考察した著者が、続いて文明の崩壊過程に取り組んだ著作です。文明崩壊の問題は、その回避、すなわち現代社会を持続可能とする条件の考察に繋がってくるだけに、行動指針に直結する現実的な課題なんですね。 著者…

銃・病原菌・鉄(ジャレド・ダイアモンド)

世界はなぜこれほどの不平等に満ちているのか? なぜ人間は五つの大陸で異なる発展をとげたのか? 1万3千年に渡る人類史の壮大なミステリに知的挑戦を試みた本書は、出版から10年後の現在になっても、輝きを失っていないようです。 スペインのピサロが率…

2010/11 ファージング3部作(ジョー・ウォルトン)

1941年にナチス・ドイツと単独講和を結んだという「歴史改変イギリス」を舞台に民主国家にしのび寄るファシズムの脅威を描く「ファージング3部作」は、最後まで極めて高い水準を保ってくれました。民族主義や保護主義や原理主義が対立の様相を深めてい…

麦屋町昼下がり(藤沢周平)

『蝉しぐれ』や『たそがれ清兵衛』の翌年に書かれた、著者円熟期の作品群。藩内の「場所と時間」を組み合わせたタイトルの4つの中篇はどれも、先の2作品の雰囲気を保ちつつ、『隠し剣シリーズ』を髣髴とさせる決闘場面を合わせ持っています。これでおもし…

終わらざる夏(浅田次郎)

1945年8月15日は「終戦記念日」ですが、満州と千島ではソ連軍の対日侵攻という新たな戦争が始まっていました。その時、カムチャッカ半島に程近い千島列島の最北端・占守(シュムシュ)島に居たのは、輸送手段を失って島に取り残されたために、奇跡的…