りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

2011-11-01から1ヶ月間の記事一覧

2011/11 ものすごくうるさくて、ありえないほど近い(ジョナサン・サフラン・フォア)

アメリカの「ポスト9.11小説」は早い時期から書かれていましたが、文学的に優れた作品が出版されるようになったのは、この数年のことと思えます。今月1位にあげた作品も、そんな1冊。 日本において「ポスト3.11小説」が本格的に書かれるようになる…

ボグ・チャイルド(シヴォーン・ダウド)

1981年の北アイルランド。イギリスの大学に進んで医者になることを目指している高校生のファーガスは、叔父と一緒に小遣い稼ぎに泥炭の盗掘に行った際、国境近くの湿地(ボグ)で2000年前に絞殺され、泥炭によって保存された少女の遺体を発見します…

やなりいなり(畠中恵)

「しゃばけシリーズ」の10作めは、独特の死生観や世界観を前面に出して少々重いテーマを扱った前2作から一転して、若だんなと妖怪たちの日常がほのぼのと描かれます。物語に登場する料理やお菓子のレシピが紹介されているのは、高田郁さんの『みをつくし…

スターバト・マーテル(ティツィアーノ・スカルパ)

18世紀のヴェネツィア共和国。ピエタ慈善養育院で的才能を見出され、附属音楽院の「合奏・合唱の娘たち」の一員となっていた16歳のチェチリアは、毎夜、「死」と向き合っていました。 母が彼女を迎えに来ないのは、すでに亡くなってしまったからなのかと…

円朝芝居噺夫婦幽霊(辻原登)

よく出来た小説です。さる文学研究者の遺品から著者が偶然、円朝の怪談噺の速記録を手に入れたとの導入部から、「夫婦幽霊」という幻の落語が円朝の語り口調そのままに記述され、訳者後記で締めくくられます。 「夫婦幽霊」は、明治期の落語なら「さもありな…

フェリシアの旅(ウィリアム・トレヴァー)

「短編の名手」との印象が強い著者ですが、長編も書いていたんですね。 主人公のフェリシアは、アイルランドを出たこともない17歳の少女。貧困、失業、飲酒、頑固な父親、カトリックの支配・・といういかにもアイルランド的な環境の中にいるフェリシアは、…

ペインティッド・バード(イェジー・コシンスキ)

欧州の言語で書かれたホロコースト文学を「翻訳」で読み、海の彼方のできごとと感じていたアメリカ人にショックを与えた「英語で書かれたホロコースト小説」は、1965年に刊行されてセンセーションを巻き起こしました。 第二次大戦開始直後、ホロコースト…

さよなら、愛しい人(レイモンド・チャンドラー)

アメリカのパルプフィクション時代に生まれたハードボイルドの元祖、私立探偵のフィリップ・マーロウシリーズの代表作が、村上春樹さんの新訳で今に甦りました。 時代は1940年代。舞台はロサンゼルス。刑務所から出所したばかりの大男ムースが、8年前に…

ジェノサイド(高野和明)

冷戦時代に予測された人類滅亡のシナリオは5つあるそうです。巨大隕石の衝突、磁極逆転、核戦争、新ウィルス、そして新人類の誕生とのこと。本書は、人類から進化した存在の誕生を巡る「エピソード・ゼロ」のような物語。 物語は、内戦下のコンゴと日本で進…

悪しき遺産 - ブーリン家の姉妹4(フィリッパ・グレゴリー)

シリーズ第4作ですが、時系列もストーリーも、第1作の『ブーリン家の姉妹』から直接繋がっている物語です。 ヘンリー8世の2番目の王妃アン・ブーリンが処刑されてから4年後の1540年。待望の王子を産んだものの産褥死した3番目の王妃ジェーン・シー…

愛娘にさよならを - 刑事 雪平夏見(秦建日子)

シリーズ第4作ですが「推理小説の叙述における読者へのアンフェア」との視点は希薄になっているように思えます。小説として上手になったということなのでしょうが、主人公のキャラに頼る普通の小説になりつつあるのかもしれません。 幼い文字で「ひとごろし…

香乱記(宮城谷昌光)

秦末に天下の覇を競った楚の項羽と漢の劉邦の影に隠れてしまいましたが、一時は斉国を再興して王となった田氏の末弟・田横を主人公として描かれた全4巻の大河小説。 かつての斉王室の流れを汲む田兄弟らは、始皇帝の圧政を快く思っていず、秦の官僚から狙わ…

コレクションズ(ジョナサン・フランゼン)

アメリカ中西部の郊外の街に暮らす老夫婦と、それぞれ都会で自分の暮らしをしている3人の子供たちの「関係修復(corrections)」過程を描いた長編小説、といっても、決して心温まる物語とはなっていません。エンディングなど、むしろゾーッとする気もするの…

春疾風-続・三悪人(田牧大和)

後にそれぞれ天保の改革の立役者となり、やがては袂を分かつ「三悪人」とは、遠山金四郎、鳥居耀蔵、水野忠邦のこと。若き日の3人が互いに騙し騙されの駆け引きを繰り広げる痛快時代劇『三悪人』の続編です。 浜松藩主の水野忠邦は、幕閣で出世するために自…

三悪人(田牧大和)

手段を選ばずに老中への道を駆け上ろうとする水野忠邦。彼の弱みを握って将来の出世をはかろうとする鳥居耀蔵。2人の間に立って悪巧みを実現しようとする遠山金四郎。後に天保の改革の立役者となる若き日の「三悪人」が、騙し騙されの駆け引きを繰り広げる…

夜明けのパトロール(ドン・ウィンズロウ)

ウィンズロウの新シリーズだそうです。カリフォルニア州の最南端、サンディエゴのパシフィックビーチに住んで、仕事よりもサーフィンを愛している探偵ブーン・ダニエルズが主人公。 「夜明けのパトロール」とは、仕事前に夜明け頃から行うサーフィンのこと。…

デニーロ・ゲーム(ラウィ・ハージ)

「一万の砲弾が降り注いだ」内戦下のベイルートで、キリスト教民兵組織の支配地域に暮らすアルメニア系の少年バッサームは、半人前のならずもの。「デニーロ」と呼ばれる幼馴染みのジョルジュとつるんで銃を振り回し、カジノから金をくすね、密造酒や麻薬の…

阪急電車(有川浩)

最近大阪への出張が定期的にあって、阪急電車に乗る機会も増えました。「えんじ色の車体にレトロな内装」の「おしゃれな電車」です。でも本書の舞台となっている「阪急今津線」は未体験ゾーン。 「宝塚、宝塚南口、逆瀬川、小林、仁川、甲東園口、門戸厄神、…

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い(ジョナサン・サフラン・フォア)

9.11から2年後、テロのよる父親の死を受容できないままの9歳の少年オスカーは、父親のクローゼットから見つけた鍵に合う鍵穴を求めてニューヨーク中を探し回ります。オスカーは、生前の父親を知る人と会ってみたいのです。「パパがどんなふうに死んだ…

鬼平犯科帳 1(池波正太郎)

「水戸黄門」は終了し、大河はトレンディ風になるなど、時代劇冬の時代ですが、中村吉右衛門が火付盗賊改方長官・長谷川平蔵を演じたこのドラマは、とっても高い水準だったように思います。数本見ただけなんですが、「急ぎ働き」なんて言葉が高校でも流行り…

シッダルタ(ヘルマン・ヘッセ)

釈迦の出家以前の名前を借りて、求道者が悟りの境地に至るまでを描く、ヘッセ文学のエッセンスというべき作品です。 婆羅門の家に生まれ、両親や友人たちから愛を注がれて育った主人公は、父の反対を押し切って沙門の道に入って苦行を重ね、師を越えるまでに…

ソーラー(イアン・マキューアン)

若き研究者時代に舞い降りてきたインスピレーションで、ノーベル物理学賞を受賞したものの、その後はずっと鳴かず飛ばずで、研究所の名誉職を務めたり、講演会で小金を稼いできた初老の男、マイケル・ビアードが主人公。 彼は、「なんとなく感じの悪い、ちび…

エレンディラ(ガブリエル・ガルシア=マルケス)

「大人のための残酷な童話」として書かれたという短編集です。荒唐無稽な物語ばかりのようですが、リアルな世界に紛れ込んでくるからこそ、マジカルな存在が際立ちます。高校時代に読み、『百年の孤独』や『族長の秋』よりも「マジック・リアリズム」の破壊…

族長の秋(ガブリエル・ガルシア=マルケス)

この本を読んだときには、まず文体に驚きました。段落も切れ目もなく、時には誰なのかもわからない複数の人間が、延々と一人称で語り続けているのですから。時間軸も混乱していて、まるで悪夢的な世界。 では、これは誰の悪夢なのでしょうか?大半は死せる独…

大和古寺風物誌(亀井勝一郎)

戦時中1943年に刊行された本書は、今でも多くの人に愛読されており、今年は新潮文庫の「第82刷」が刊行されるに到っています。 9月に奈良・斑鳩に旅行したのを機に手にとってみたところ、いきなり「古人の太子奉賛は感謝に始まって帰依に終わるが、僕…

馬を盗みに(ペール・ペッテルソン)

3年前に妻を亡くし、父親を気遣う娘たちにも居所を報せずにノルウェー東部の湖のほとりに流れ着いて一人で暮らしている、老境にさしかかった男が主人公。ある日、近くに住む男が実は少年時代の友人の弟であることに気づいたことから、長い間封印していた5…