「夫婦幽霊」は、明治期の落語なら「さもありなん」と思わせる長い怪談噺。江戸城の御金蔵から四千両が盗まれるという前代末聞の大事件にからむ色と欲が、吉原遊郭を舞台にして、円朝も愛した幽霊画も絡む大団円へと帰着。
ところが読後に全体を振り返ってみると、円朝の怪談はそこに至る「長いまくら」にすぎず、著者が速記録の由来を探る訳者後記こそが本論のように思えてきます。そこからは、円朝に廃嫡された放蕩息子・朝太郎が偉大な父親に対して抱いていたであろう想いが浮かび上がってくるのです。
時代の先端をいく速記術や芥川龍之介の書簡という小道具を思わせぶりに使ったり、吉原を壊滅させた安政大地震と、朝太郎の足跡を消した関東大震災の2つの大地震を重要な伏線としているあたりは、さすがの上手さです。
2011/11