りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

円朝の女(松井今朝子)

イメージ 1

江戸時代と明治時代を30年ずつ生きた60年の生涯で、人情噺や怪談噺を得意とし、「近代落語の祖」と言われる三遊亭円朝の愛した、5人の女性の物語を、円朝の弟子が語ります。

円朝が男盛りの30歳の時に、時代が変わったというのがポイントですね。新しい時代を実力で切り開き、山岡鉄舟井上馨ら政府要人とも親交を持つほどに大成した円朝と異なり、旗本の娘や吉原の花魁が、そうそう簡単に生き方を変えるわけにも行きません。でもだからこそ、そこに「物語性」が生まれるのです。

惜身(あたらみ)の女:「 旗本の娘・千尋
幕末に身分の差を越えられなかった円朝に、くるりと踵を返す姿が陽炎に包まれる。男泣きに見送る円朝。男なら手を差し伸べて救うべきだった。埋もれ木で朽ちさせるには、あまりにも惜しい女性だったと振り返られます。「番町皿屋敷」は旗本屋敷の井戸がモデル。

玄人の女:「吉原の花魁・長門太夫
吉原芸者の美代次姉さんと円朝を張り合い、「累ヶ淵」の怪談さながら、幽霊に扮した女郎を駕籠に乗せて吉原脱出をさせる大芝居を打ちます。見受けされて何不自由ない贅沢な暮しをしている太夫に再開した円朝は、一生かごの鳥で終わる女の運命を思って惚れ直します。

すれ違う女:「実子朝太郎の実母・お里」
嫡男・朝太郎をもうけながら、円朝に息子を預けて別れていき、転落していった同朋衆の娘。元幕臣で幇持ちになった松廼家露八(山田風太朗の『幻燈辻馬車』に登場しました)の女房になったものの身を持ち崩します。朝太朗も後に、悪い酒癖で身を持ち崩し廃嫡されるのです。

時をつくる女:「正妻・お幸」
芸者上りで井上馨の妻・武子とも気が合う、できすぎた内儀さんの悩みは流産の繰り返し。でもこれは、梅毒の円朝が原因かも? 晩年の病気で内証が苦しくなった円朝に尽くしながら、芸人の一分を立てて痩せ我慢の大見えを切る円朝内助の功を無にされても、惚れた相手のわがままは許すのです。「雌鶏に突かれて雄鶏が時をつくる」と言うそうですが・・。

円朝の娘:「養女せっちゃん」
養女として育てた芸人の娘。車引きの善さんといい仲になったものの、善さんは日清戦争に軍夫として出征して戦死。でも、ラストにちょっとした驚きが待っています。

円朝自身が山田風太朗の幻燈辻馬車に登場していますし、著者自身の幕末あどれさん銀座開化おもかげ草紙で馴染みの人たちも現れます。著者の「語りのうまさ」もあいまって、この時代の人物を身近に感じることができました。

2010/1