りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

鯖猫長屋ふしぎ草紙 8(田牧大和)

f:id:wakiabc:20220418155653j:plain

かつての義賊「黒ひょっとこ」で今は画描きの青井亭拾楽が、不思議な力を持つオス三毛猫サバと長屋で暮らす、ちょっと不思議なお江戸ミステリの第8弾。本作も拾楽の過去や将来とは直接関わらない物語なのは、このシリーズを長く楽しもうという著者の思いによるのかもしれません。

 

通称「鯖猫長屋」の家主で饅頭屋を営んでいるお智の様子がおかしいと聞いた拾楽は、サバを連れて店に出向きます。しかし突然現れた不気味な白い鴉を見たサバは逃げ出してしまいます。それどころか普通の猫になってしまったかのように振舞い始めてしまうのです。いったいサバに何が起こったのでしょう。そしてお智の店では何が起こっていたのでしょう。

 

今回「敵」として現れたものは、かなり危ない存在でした。強い力を持ちながら心が未発達な者というのはヤバそうです。しかし本書では、これまでボンクラ扱いだった「成田屋の旦那」こと北町同心の掛井が大活躍。妖しを視る力も感じる力もない反面、妖しの影響を受けない人物というのもある意味頼もしい。それと本書ではサバの妹分にあたる子猫さくらも大活躍でした。拾楽とおはまの恋愛は、やはり少しだけ進んだようです。

 

2022/5



鯖猫長屋ふしぎ草紙 7(田牧大和)

f:id:wakiabc:20220418155433j:plain

かつての義賊「黒ひょっとこ」で今は画描きの青井亭拾楽が、不思議な力を持つオス三毛猫サバと長屋で暮らす、ちょっと不思議なお江戸ミステリの第7弾。拾楽の過去に関わる物語も多いシリーズですが、前作あたりからは長屋の人々を巻き込もうとする禍々しいものに対する対決色が強く出ています。いまだ明かされていない拾楽の待ち人の登場もまだ先のようです。

 

かつてこの長屋に住んでいた戯作者の長谷川豊山が戻ってきました。豊山には彼を慕う元遊女・山吹の霊が憑いていて、彼を見守っているのですが、本人はそのことを知りません。妖しい物語を書き綴っているくせに、彼には視る力などないのです。しかし売れっ子になっている豊山が、長屋に戻って身を潜めようとしているのには、どのような理由があるのでしょう。サバは落ち着いているようですが山吹の霊は何かを恐れているようです。

 

実は、豊山が書いた戯作の筋に似通った事件が起こっていたのです。はじめは偶然のようなもので、続いて起こった事件も他愛のないものだったのですが、次第に不気味な事件へと変容しているようです。長屋を仕切っているおてるの亭主・与六の子と名乗る男の子が現れたのには、どのような理由があるのでしょう。拾楽とサバは、愛すべき長屋の住人たちを守り切れるのでしょうか。妖しよりも人のほうが恐ろしいようですが、今回の主役は山吹でしたね。拾楽の恋愛は少しだけ進んだようですが、まだ先は長そうです。

 

2022/5

灼熱(葉真中顕)

f:id:wakiabc:20220418155328j:plain

第二次世界大戦の直後、南米ブラジルの日本人移民社会には日本の敗北を信じようとしない「勝ち組」なる人々が多く生まれました。奥地の開拓村には正しい情報が届かず、ポルトガル語の新聞やニュースも理解できなかったことも理由でしょう。しかしそこには、自分が受け入れたいことしか信じないという人間の本性を悪用した詐欺師たちの存在もあったようです。

 

12歳でブラジルに移住した沖縄生まれの比嘉勇は、日本人入植先の農村で日系2世の南雲トキオと出会って友情を深めていきます。ブラジルの中でほぼ孤立している貧しい開拓村で暮らす少年たちが、日本の不敗神話を信じ込んで皇国の戦士となることを夢見るのは、自然なことでした。しかし小さな閉鎖社会に特有の僻み嫉みや優越感などは、少年たちの世界には存在しなかったのです。大人たちが彼らを焚きつけるまでは。

 

やがて村を出てサンパウロに出たトキオは、日本の敗戦を知って未来について考え始めます。しかし村に残って青年リーダーとなっていた勇は日本の勝利を疑うことなく、敗戦の事実を説く人々を憎み始めるのです。そして暗殺の計画が立てられて、悲劇が起こります。著者が本当に綴りたかったのは「赦し」であると明かされる数十年後の物語には心が浄化されるのですが・・。

 

信じがたいことですが、情報が氾濫する今日において「自分が受け入れたいことしか信じない」という風潮が、力を増しているように思えます。国家当局によって情報が操作されているロシアや中国などの社会ではなおさらです。本書は現代社会に対する「警鐘の書」でもあるようです。

 

2022/5

月と日の后(冲方丁)

f:id:wakiabc:20220418155213j:plain

中宮彰子の印象というと、紫式部和泉式部赤染衛門らを輩出して王朝文化の絶頂期を生み出したパトロンであったこと。父親の藤原道長天皇外戚として権力を得るために、一条天皇の幼妃として送り込まれた娘であったこと。道長の意に反して先后・定子の遺児を守り抜いたことなどが思い浮かびます。

 

しかしそれらのことはすべて彼女の前半生で起こったこと。86歳まで長生きした彰子が、平安王朝の国母として国家の安寧を守り抜いたことはあまり知られていません。本書は、わずか12歳で一条天皇の后にさせられた未熟で内気な少女が、父や夫に照らされる「月」から、自ら光を放つ「日」へと変貌していった過程を綴った作品です。

 

13歳にして立后されて定子の遺児の養母となった彰子が、伯母にして夫の母である詮子の昔語りを聞く、物語の導入部分は衝撃的です。彼女が語ったのは、権力闘争に身を投じた男女たちが抱いてきた怨念の歴史であり、詮子自身も怨念の虜になっているという狂おしい事実。そして父道長ですら、美しく優しかった定子が次の怨霊となることを恐れているという衝撃的な情報。夫である一条天皇の愛に包まれながらも、夫が真に愛した定子の存在は、彰子につきまとっているかのようです。

 

しかし定子の遺児を抱きしめた彰子は誓うのです。怨念の連鎖を自分が断ち切ってみせると。そして盟友となる紫式部の助力を得て男たちの権力闘争の本質を理解し、その愚かさを女性の立場からたしなめて、正しい道を導き示すようになっていくのです。彰子は結局、夫の一条天皇が早逝した後も皇室と藤原家の中心人物であり続け、6代に渡る天皇の在位と曾孫にあたる白河天皇の即位を見届けるに至ります。もう「藤原時代」の次の「院政時代」の直前ですね。

 

著者には、同じ時代を描いた『はなとゆめ』という作品もあります。「中宮定子と清少納言が権勢欲にまみれた男どもに闘いを挑んだ記録が『枕草子』である」との解釈には驚きましたが、一面の真実であるように思えたものです。本書の印象も同様です。

 

2022/5

ファラゴ(ヤン・アペリ)

f:id:wakiabc:20220418155008j:plain

フランスには「高校生が選ぶゴンクール賞」という文学賞があり、本書はその受賞作とのこと。この賞の受賞作はレベルが高くて本の売れ行きにも影響するとのことなので、選考基準や過程は異なりますが「本屋大賞」のような役割を担っているのかもしれません。ともあれ本書を読んで一番驚いたのは、これがフランス小説であるということ。物語の舞台がカリフォルニア奥地にあるファラゴという架空の町であることはともかくとして、いかにもアメリカらしい人生観や冒険譚に満ちた作品なのです。

 

アメリカ全土でアポロ計画ベトナム戦争ウォーターゲート裁判が話題になっている頃、そこだけ時間が止まっているようなファラゴの村では、世間の喧騒をよそに千年一日のごとく暮らしている人々がいました。元孤児で野生の生活を続けている語り手のホーマー。荒唐無稽な計画に没頭する夢想家イライジャ。謎の過去を抱える食料品店主の賢人ファウストー。ゴミ捨て場で暮らす聖人デューク。ハリウッドを目指す売春婦オフィーリア。ほかにも牧師、保安官、売春宿の女主人、老犬ボーンなど。

 

物語はホーマーがファウストーの過去についての打ち明け話を聞くところから動き出します。「人生を変えるような経験を何もしてこなかった」と嘆くホーマーでしたが、流れ星に「運命を変える出来事」を願ったことで彼の人生は一変してしまうのです。オフィーリアとの恋、ゴミ捨て場での英雄的行動、廃鉱山を爆破する目的を持つ一味からの誘い、ならず者ジムの登場、シエラ山脈への逃避行、デュークの厳かな死、ファウストーの過去への決着・・。

 

やがて、破天荒な冒険の中で人間の運命に関する単純ながら根源的な疑問を抱き続けたホーマーは気づくのです。「誰にでも物語はあり、自分の不幸をだれか別の人間にうまく語れないことなんだ」と。そして「すぐれた物語も、人に恥じないような死も、円環を描く」ものなのだと。ホーマーはついに自分の半生をひとつの物語として語ることに成功したようです。ホーマーとは、西洋文学の起点とされる叙事詩イリアス』と『オデッセイア』の著者とされる「ホメロス」に由来する名前なのでしょうし。

 

2022/5

錠前破り、銀太 首魁(田牧大和)

f:id:wakiabc:20220418154800j:plain

デビュー作に端を発する「濱次お役者双六シリーズ」のスピンアウトで、『緋色からくり』の女錠前師・緋名も登場するこのシリーズも、第3作にあたる本書で区切りがついたようです。

 

歌舞伎女形の濱次や緋名も通う蕎麦屋の銀太、秀次の兄弟が主人公。彼らの幼馴染であった貫三郎が、兄の急死で実家に迎えられ、与力助役となったことで事件に巻き込まれています。誰かを陥れて楽しんでいる金持ち連中の集まり「三日月会」に目を付けられ、前作ではその手先であった紅蜆と蓑吉に苦しめられてしまったのです。

 

しかしその2人が心中したという驚きの情報がもたらされました。しかも「三日月会」の一員と思しき大店が謎めいたお裁きで取り潰しにあうという事件も発生。これは「三日月会」の仲間割れを意味しているのでしょうか。もと義賊であった銀太は、首魁と思しき新任の与力に探りを入れ始めるのですが・・。

 

ラスボスが意外な人物であるのは当然ですね。この種の物語をたくさん読んでいるはずの私も、すっかり騙されてしまいました。ただ騙されたのには理由があって、この人物はおよそラスボスにふさわしくないキャラなのです。従ってエンディングもアンチクライマックスとならざるをえないのですが、それも著者の巧みな計算のうちなのでしょう。スピンアウト作品が本編よりも迫力あってはいけないのかもしれませんしね。

 

2022/5

 

宰相の象の物語(イヴォ・アンドリッチ)

f:id:wakiabc:20220418154607j:plain

ボスニア出身のノーベル賞作家が「自らの小祖国」を舞台として紡ぎあげた短編集です。著者の代表作である長編『ドリナの橋は、オスマントルコ、ロシア、ハプズブルク、ドイツなど周辺諸国の係争地となってきた小国の悲劇を歴史的に綴った作品ですが、本書では民衆の忍従や抵抗が扱われています。

 

「宰相の象の物語」

オスマン帝国の繁栄に翳りが見え始めた1820年代。ボスニアに気まぐれな恐怖政治を布いた宰相がペットとしたアフリカの仔象も、暴君の化身として憎まれてしまいます。無邪気な仔象が陰湿な嫌がらせを受けるのは可哀そうですが、抑圧された人々の抵抗はさまざまな形をとらざるを得ません。やがて皇帝の寵を失った宰相が死を賜ったとき、仔象も毒殺されてしまうのでした。1947年に発表された本書において、宰相の末路はヒトラーの運命と重なっているようです。おそらく仔象になぞらえられた人物や組織もあるのでしょう。

 

シナンの僧院に死す」

イスタンブールで名声を得たボスニア出身の高僧が、晩年に故郷に戻ってきたものの急死。臨終の数分間に彼の脳裏をよぎったものは、修道によって克服していたはずのトラウマでした。生涯童貞であった聖人が抱いていた女性への恐怖感は、ムスリムというより東方正教に由来するように思われますが、ボスニア人の心情を象徴しているのかもしれません。

 

「絨毯」

ナチスドイツの傀儡国家によって家を接収されそうになっている老婆の記憶が、市庁舎で見た絨毯によって呼び覚まされます。彼女が子供の頃に見た絨毯とは、サライェヴォがハプスブルク軍に占領された時にムスリムの家から略奪されたものでした。彼女の曾祖母は毅然とした態度で兵士を追い返したのですが・・。

 

「アニカの時代」

セルビア正教の司祭が発狂したことで、彼の曾祖父の時代に起こった「アニカの事件」が想起されます。それは美貌の若い女性アニカが市長も司祭も虜にし、さらには「男たちのための家」を開くことで街全体を支配した時代のことでした。アニカはなぜ身を滅ぼしたのでしょう。男も女も、権力者も市井の者も「悪と不幸」からは逃れられないという苦渋に満ちた運命論が、大国に翻弄された小国に蔓延した時代があったようです。

 

2022/5