りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

2021/2 Best 3

現代は、ポピュリズムによって生み出され、ネットによって増幅される新たな分断の時代なのでしょうか。新型コロナという全人類にとっての災厄ですら、分断を広げる方向に働いているように思えます。そんな時には、過去に何度もあった分断の時代の中で、静かに戦った人たちを描いた作品が心を癒してくれるようです。そして自分に何ができるのかを考えさせてくれるのです。

 

1.彼女たちの部屋(レティシア・コロンバニ)

パリに女性会館(Palais de la Femme)という救世軍の施設があります。300ほどの居室を有し、困窮して住む場所を持たない単身女性や母子を国籍を問わずに受け入れている、20世紀初頭に建設された歴史的建築は、どのようにして今の姿になったのでしょう。本書は、現代のパリでボランティア活動を行う女性ソレーヌが、1920年代のパリでこの施設を作るために戦った救世軍の女性ブランシェを再発見する物語です。世界的にヒットした『三つ編み』の著者の第2長編も、静かな感動を呼び込む作品でした。

 

2.シャルロッテダヴィド・フェンキノス)

26歳でアウシュヴィッツで亡くなった画家シャルロッテは、短い人生の晩年に「人生?それとも舞台?」と名付けた芸術作品を描き上げました。それは769点もの水彩画の連作に、語りや台詞や音楽の指示まで付された総合芸術なのですが、なぜ彼女はそのような作品を遺したのでしょう。著者は彼女がそんな大作を製作するに至った理由を追い求めていきます。彼女の作品と悲劇的な人生に衝撃を受けた著者が、8年の歳月をかけて書き上げた作品です。

 

3.ひとり旅立つ少年よ(ボストン・テラン)

南北戦争直前の時代。ニューヨークの牧師から奴隷解放運動資金の名目で大金を巻き上げた末に、悪漢に殺害された父親の贖罪の旅に出る少年。彼は、その大金を本来の約束通り奴隷解放運動家たちに届けるべく、ミズーリへ向かったのです。奴隷制によって分断された世界の中で少年は、行く先々で悪党たちによって危地に追い込まれ、またその一方で善意の人々によっても救われていきます。この作品が2018年という新たな分断の時代に書かれたことは、決して偶然ではありません。

 

【次点】

・愛なき世界(三浦しをん

 

【その他今月読んだ本】

・蒼色の大地(薬丸岳

・人生の段階(ジュリアン・バーンズ

北海タイムス物語(増田俊也

・ホーム・ラン(スティーヴン・ミルハウザー

雨月物語岩井志麻子

・雨上がり月霞む夜(西條奈加

・虹色天気雨(大島真寿美

ビターシュガー大島真寿美

・奈良・京都の古寺めぐり(水野敬三郎)

・サガレン(梯久美子

・忘却についての一般論(ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ)

・ののはな通信(三浦しをん

・私はゼブラ(アザリーン・ヴァンデアフリートオルーミ)

・ダーク・ブルー(真保裕一

・サイバー・ショーグン・レボリューション(ピーター・トライアス

・罪の声(塩田武士)

・地球のはぐれ方(村上春樹ほか)

・月人壮士(澤田瞳子

・ツインスター・サイクロン・ランナウェイ(小川一水

・孔丘(宮城谷昌光

・後継者たち(ウィリアム・ゴールディング

 

2021/2/27

 

後継者たち(ウィリアム・ゴールディング)

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著者の処女作『蠅の王』は、人類の理性を信じたジュール・ヴェルヌの『十五少年漂流記』を批判して、無人島に漂着した少年たちの世界に悪意が生まれてくる過程を描いた寓意的な作品でした。それに続く第2作は、人類の進化と進歩を是とするH・G・ウェルズを批判して「人類の原罪」を断罪した作品となっています。

 

物語の大半で視点人物となるのは、ネアンデルタール人のロク。彼が所属している群れは、老首長と祭祀を司る老婆、2組の男女と幼い娘と赤ん坊から成り立っています。老首長は移動中に川に落ちたことが原因となって病を得て亡くなりますが、死はオアという大地神に引き取られたものと理解されている模様。老婆から次の首長に指名されたロクは少々頼りないものの、指導と責任の分担は明確で、食料も平等に分配され、性行為も自然でおおらかなもの。著者はここに「原罪以前」の生活を描こうとしたのでしょう。

 

しかしネアンデルタール人の縄張りに侵入してきた「新しい人間」は、彼らに攻撃を仕掛けてくるのです。高い知能をもって弓矢や丸木舟を操り、酒を飲み、偶像を崇拝する新しい人間たちによって、ネアンデルタール人は次々と襲われていき、最後に残ったロクも逃亡中に事故死して群れは滅亡してしまうのでした。そしてロクが亡くなった後の最終章で、新しい人間の視点から彼らの群れの中には、嫉妬や怨恨や野望があり、得体のしれないネアンデルタール人を悪魔として恐れ、退治しようとしていたことが明らかにされるのです。

 

冒頭にH・G・ウェルズの作品から「ネアンデルタール人は嫌悪すべき存在で、人食い鬼伝承の起源となった」との文章が引用されています。つまり新しい人間たちはウェルズの史観を体現する存在なのですが、現代に生きる我々と変わらない存在であるとも言えるでしょう。しかし著者は、それこそが「原罪」なのではないかと問いかけてくるのです。ネアンデルタール人の原始的な思考に基づいたとされる文章には理解しにくい個所も多いのですが、一読の価値がある作品です。

 

2021/2

 

 

シャルロッテ(ダヴィド・フェンキノス)

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シャルロッテ・サロモンという画家がいたことを、本書で初めて知りました。作品を調べてみると、シャガールにょうな幻想性とココシュカのような野生を併せ持ったような独特の画風です。しかも彼女は26歳の若さでアウシュヴィッツで亡くなっているのです。本書は、彼女の作品に衝撃を受け、彼女の悲劇的な人生にも魅了された著者が、8年の歳月をかけて書き上げた小説です。一文ごとに改行していく力強い叙事詩のような文体について、著者は「一文、一行書くたびに息をつく必要があったから」と述べているほどの力作です。

 

シャルロッテは短い人生の晩年に「人生?それとも舞台?」と名付けた芸術作品を描き上げました。それは769点もの水彩画の連作に、語りや台詞や音楽の指示まで付された総合芸術なのですが、なぜ彼女はそのような作品を遺したのでしょう。著者は彼女がそんな大作を製作するに至った理由を追い求めていきます。

 

第1次大戦のさなかの1917年のベルリンで、従軍医師の父と看護婦の母の間に生まれたシャルロッテは、13歳の時に母を亡くしています。鬱を病んでいた母親は自殺であり、しかも母の一族には自殺者が何人も出ていたのです。しかしシャルロッテが母の死因を祖父から知らされるのは、まだ先のこと。ナチに追われて両親と別れて移り住んだ南仏で、家族の忌まわしい秘密を知ってしまったシャルロッテは苦悩します。自分も自殺すべきなのか、それとも何かを成し遂げるべきなのかと。そして彼女は後者を選択するのですが、その時南仏にもナチの手が迫っていたのでした。

 

ナチの存在が彼女の人生に影を落とし始めたのは、美術学校に入学した16歳の時。やがてその影は、父親を飲み込み、父親の再婚相手だった歌姫を飲み込み、やがては彼女自身も飲み込んでしまうのですが、それもまだ先のこと。その前には激しい恋愛もあったのです。その相手は母親の音楽教師をしていたアルフレートであり、彼を描いたスケッチが大量に遺されることになるのですが、彼は不実な男性だったのでしょう。もっとも彼が誠実であっても運命は変わらなかったはず。22歳でべルリンを脱出したシャルロッテが彼と会うことは2度とありませんでした。

 

それでも彼女は南仏で結婚をしています。アウシュヴィッツに送られた時に身ごもってた子供がついに生まれることはなかったのですが、彼女の短い人生の中でつかの間の幸福な時期であったと願いたいものです。彼女の作品を集めた巡回展が、オランダ、ドイツ、アメリカの後で1988年に東京、大阪、横浜、京都の高島屋デパートで開かれたとのことですが、全く記憶にありません。本書の出版を機に、何らかの企画を期待したいものです。

 

2021/2

 

 

孔丘(宮城谷昌光)

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孔子を題材にした小説は多いのですが、本書が決定版なのではないでしょうか。井上靖の『孔子』は晩年近くの14年間にわたる放浪を中心に描いたものでしたし、丁寅生の『孔子物語』は論語の有名な言葉がどんな人生の局面で語られたのかを推測した作品でした。顔回をサイキックに仕立てた酒見賢一の『陋巷に在り』は楽しい読み物でしたが、もちろんフィクション。本書の著者も参考にしたという白川静の『孔子伝』は論語儒教の成立に重きを置いた作品であったように記憶しています。

 

司馬遷の『史記』にある「孔子世家」ですら史実性に乏しく、これだけ儒教が研究しつくされても生年すら確定されていない孔子の生涯を小説にするのは不可能に近いことは、著者があとがきで述べています。しかし『重耳』、『晏子』、『子産』、『管仲』などをものした著者には、孔子が生きた春秋時代の歴史を研究しつくした強みがあるのです。孔子が深く関わった魯国や諸国の動静を照合し、孔子の行動の合理性を判断しながら数多くの伝説を取捨選択して不明点を補足した作品は、もちろんフィクションですが難点が少ないように思えます。

 

母・顔徴在が亡くなった24歳の春に母の埋葬のために需を学び、魯国の地方役人となり、次いで首都・曲阜の祭祀官に登用されて詩経や歴史を学んだことが孔子の学問の基礎になりました。30歳の時に官を辞して曲阜に教場を開きます。当時は王侯貴族のためのものであった礼法を広く庶人に教え始めたことが、既に新しい学問なのです。

 

物語は次いで、 三桓家による昭公追放や、李孫氏の宰にすぎなかった陽虎による実権掌握という魯国の乱れを綴っていきます。その間に周都への留学を果たしていた孔子と陽虎の対決が、本書のハイライトといっても過言ではありません。政治や戦闘ではなく、徳や礼や学問の分野での対決ですが、長い目で見ればそれこそが命運を決するものなのです。そして50歳にして天命を知って魯国の司寇の座に就いた孔子は、政治の実権を魯君に取り戻すべく、三桓家が私領としている三都毀壊に乗り出すのですが・・。

 

やがて孔子は弟子たちとともに諸国放浪の旅に出て、ついに理想とする政治を実現することのないままに73歳で没します。末尾の一文で「15歳で学に志した孔丘にとって、死は生涯における最初の休息であった」とされるほど、孔子の生涯はエネルギッシュだったのです。弟子たちとの関係を記す余裕がなくなりましたが、後で忘れてしまいそう。

 

2021/2

 

ツインスター・サイクロン・ランナウェイ(小川一水)

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人類が宇宙へ広がってから6000年。辺境の巨大ガス惑星FBBでは、都市型宇宙船に住んで周回軌道に暮らす者たちが、大気の中を泳ぐ昏魚を捕えて暮らしていました。全質量可換粘土で造られた浮遊漁船を操るのは男女の夫婦ペアであり、脳波投射で船体を変形させるデコンパ役は女性、パイロットとして船を操るツイスタは男性ということが決まりだったのです。

 

しかし男勝りの漁師テラは、何度見合いをしてもうまくいきません。しかし偶然出会ったツイスタ志望の謎の家出少女ダイオードと組んでみたところ相性抜群で。これまで誰もイメージできなかったような漁法まで編み出していくのです。しかし異例の女性ペアなど、社会的に認められるのでしょうか。2人は頑迷な長老たちに反旗を翻すのですが・・。

 

とんでもない設定に思えるSFですが、こんな世界が出来上がった理由も、2人が目指すべき役割も、最後には判明するのです。そのヒントは300年前に船団の指導者であったマギリと女性同士のパートナーであった生物学者エダが、ガス惑星の深淵に墜ちて行方不明になった事件にあったのですが、まあ誰も予測できない理由とだけ言っておきましょう。著者は、かなり楽しんで書いたのでしょうね。

 

2021/2

 

月人壮士(澤田瞳子)

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古代日本を舞台とする小説の書き手として最右翼の著者を、まさか「山族と海族の対立」を縛りとする「螺旋プロジェクト」の一員に加えるとは、出版社の企画力おそるべし!しかも互いに相いれない山族と海族が、天皇家藤原氏というのですから、面白くないわけがありません。

 

となると主人公は聖武天皇しかいませんね。文武天皇藤原不比等の娘である宮子の間に生まれ、はじめて天皇家藤原氏両方の血筋を引いて生まれた運命の子。しかも藤原光明子を妻として、両家の結びつきを一層盤石とする運命まで背負わされていたのですから。精神を病んだとされる母・宮子との不仲や、国分寺建立や東大寺大仏の造立の詔を発するほど深く仏教に帰依しながら、藤原氏の息がかかった南都六宗よりも渡来僧・鑑真を重要したこと、直系男子を残さなかったことなどを、全てこのテーマで解き明かしてしまうという力業。

 

そういう人物として描かれた聖武天皇なので、悩み多く矛盾に満ちています。聖武天皇が死に際して誰を皇太子として選んだのか。橘諸兄の密命を受けて、忠実だった侍女、妻の光明子南都六宗の高僧、冤罪で処刑された長屋王の甥、造東大寺司長官、藤原仲麻呂らの聖武天皇ゆかりの人々を尋ね回って遺詔の捜索をするのは、中臣継麻呂と道鏡禅師。これまた心憎い人選ですね。生涯独身を通して天武系の血筋を絶えさせた聖武天皇の娘・阿部(孝謙・称徳)を最後まで守り通すことになる者たちなのですから。聖武天皇が死に臨んで、皇統を案ずるあまりに父親としての立場をないがしろにしていたことを悔やんだ気持ちを、2人は継いでくれたわけです。

 

もっとも平安時代に再度、天皇家藤原氏の血筋が交わることを考慮すると、山族の血統の本流は天皇家を離れていくのでしょう。オッドアイの造東大寺司長官が救った、アマテラスと同じ名前を持つ狩人の少女の存在が、そのことを示唆しているようです。

 

かなり意表をついてくれたのは、輝くばかりの美女で、悲田院や施薬院を設置した聖女で、亡夫のために正倉院を作った良妻の印象が強い光明子の描き方でした。彼女のことを醜く嫉妬深い女性として描くとは、あまりにも掟破りです。

 

2021/2

 

地球のはぐれ方(村上春樹ほか)

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梯久美子さんの『サガレン』を読んで、この本のことを知りました。村上春樹さん、吉本由美さん、都築響一さんの3人からなる「東京するめクラブ」が行った「変な旅行」の中で、サハリンが紹介されていたというのです。確かに本書で紹介されているのは、近場の秘境や、魔都や、不思議な場所ばかりです。この方々の信条は「つまらなく見える町を、なんとかおもしろがろうとする努力」であり、それは「つまらなく見える人生を、なんとかおもしろがろうとする努力」と通じるというのですから。

 

「魔都、名古屋に挑む」

2007年に始まった「秘密のケンミンSHOW」によって、異様な迫力があるナゴヤメシも、破天荒に絢爛豪華な名古屋の結婚式も広く世に知られてしまいましたが、本書が出版された2004年の時点ではまだそれほど全国的な知名度はなかったのでしょう。無駄に広い道路も、怒涛のモーニングサービスも、開店祝いの花泥棒の風習も、はやりユニークです。大都市でありながら「日本は世界の名古屋だったのか」と思わせるほどなのです。

 

「62万ドルの夜景もまた楽し―熱海」

近年のインバウンドや今年のテレワークによって熱海は息を吹き返したようですが、確かに21世紀初頭の熱海は寂れていました。オジサン団体客に頼っていた熱海は、女性たちに敬遠され、家族旅行からも見放されていたのです。最後の頼みだったリゾートマンションが街の廃墟化を推し進めるという現象が起きているのは、もちろん熱海だけではありません。

 

「このゆるさがとってもたまらない―ハワイ」

「ワイキキを堪能するということは、もっとも定番の観光スポットにひるまず挑むこと」だそうです。そして脱力したまま、ダラーッとして過ごすべき町なのだそうです。それこそが正しいリゾートの楽しみ方なのですから。

 

「誰も(たぶん)知らない江の島」

そういえば江ノ島は中学校の修学旅行で行っただけ。土産物屋とサザエのつぼ焼きの印象しかありません。意外と山道は険しく、断崖絶壁の海岸もあり、源平時代以来の重層的な歴史があるところなのですが。江ノ島に渡る弁天橋は、異界へと続く道なのでしょうか。

 

「ああ、サハリンの灯は遠く」

チェーホフが「神に忘れられた土地」と呼んだかつてのロシアの流刑地は、ガス田開発以外の産業はないに等しい辺境の地であり続けているようです。都築さんはサハリンを「西部劇が似合うワイルドウェスト」と呼びましたが、もしも日本領であり続けたら少しは変わっていたのでしょうか。あるいは環境破壊が進んでしまったのかもしれません。

 

清里―夢のひとつのどんづまり」

清里がブームだったのは1980年代だったそうです。ペンション開発や、駅前商店街の原宿化が進んだとのこと。その結果残されたのは荒廃したメルヘンランドであり、ファミリーリゾート地への変身は今なお道半ばのようです。確かに一度行っただけで、乱立する土産物屋と高くてまずいレストランにうんざりしました。唯一楽しめたのは清里北澤美術館だけだったのですが、これも既に閉館されています。ただしやまねミュージアムは面白そうです。

 

2021/2