りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ホラー映画で殺されない方法(セス・グレアム=スミス)

ジェーン・オーステインの『高慢と偏見』を、ゾンビと戦う姉妹の物語『高慢と偏見とゾンビ』に改変してしまった著者が書き上げた、ホラー映画の世界「テラーヴァース」を生き延びるためのサバイバルガイドです。

 

まず必須なのは、自分がいつの間にかホラー映画の出演者となっていると自覚すること。もしあなたが10代の若者で、猛吹雪の夜に人里離れたキャビンや古い屋敷にいたり、口のきけない幼児のベビーシッターをしていたり、障碍児をイジメ殺した過去があったり、逃亡中の殺人犯のニュースを聞いたりしたら、もう間違いなくアウトだとのこと。ただし最近の脚本家はもっと手の込んだやりかたをするので、これと違う状況でも安心してはいけません。

 

次いで必要なのは、どのタイプの「テラーヴァース」にいるのかを見極めること。あなたの敵は殺人鬼なのか、幽霊や化け物なのか、呪いが込められた人形や屋敷なのか、邪悪なエイリアンなのか、ゾンビなのか、それとも最悪最強の悪魔なのか。これも周囲の状況を注意深く見極めれば判定できるとのこと。

 

そしていよいよサバイバル方法です。いわゆるフラグを立てる行為は問題外として、さまざまな方法が推薦されています。ただしプロデューサーの目につかないように逃げ隠れするのが良いか、それとも映画に使えないような悪目立ちをするのが良いかは、微妙なところ。後者の一例として「男性〇器をもろに見せてしまう」というのはどうかと思いますが。ちなみに本書の中では、日本はホラー大国として扱われています。どうなのでしょう。

 

2026/9

彼方此方の空に粗茶一服(松村栄子)

東京本所で、弓道、剣道、茶道を伝える貧乏流派「坂東巴流」の嫡男・友衛遊馬の成長を描いた「粗茶一服シリーズ」は、楽しい作品でした。『雨にもまけず粗茶一服』、『風にもまけず粗茶一服』、『花のお江戸で粗茶一服』の3作品で完結したと思っていたのですが、後日談とスピンオフを綴った本書が出版されていたのですね、

 

「三波呉服店の段」

ほとんど店じまい状態にある友衛家に近い呉服店の老店主には、心残りがありました。それは遊馬の祖母・菊路のために拵えた「辻が花」の高級反物が、菊路の急死によって渡せなくなってしまったこと。そこに現れたのは、遊馬に憧れて上京し、当時は友衛家の内弟子となっていた女子大生の佐保。彼女は高価な反物を買いたいと願うのですが・・。

 

「本所鴨騒動の段」

遊馬を慕って中学卒業後すぐに上京した伊織は、新しい生活になかなか馴染めません。弓道の練習用のゴム弓を持って隅田川沿いの庭園を散策していたところ、パチンコで鴨を撃っていた犯人に間違われてしまいます。

 

「英国溜息物語の段」

遊馬の弟子で「華道水川流」の家元令嬢の珠樹は、イギリス留学中。下宿先で風呂に入ろうとして古い排水管を壊して追い出されてしまいます。彼女は新生活を立て直せるのでしょうか。

 

「翠初夏洛北の段」

家出中の遊馬を居候させていた「宗家巴流」茶人の孫娘・翠は20代後半になっています。彼女を幼馴染の哲哉に接近させたのは、貴船から鞍馬までの険しい山道だったのかもしれません。もっとも哲哉はずっと翠にプロポーズし続ていたようです。

 

「今昔嫁姑譚の段」

遊馬の母・公子は、新婚時代に嫁姑関係に悩んでいたことを思い出しています。義母の菊路から受け継いだ着物を、遊馬の嫁になった佐保に譲ろうとしたところ、佐保からも意外な申し出を受けてしまいます。やっとローンを払い終えて自分のものになった「辻が花」の訪問着を、公子に来て欲しいというのです。冒頭の話から11年たったのですね。

 

「今出川家御息女の段」

元友衛家の内弟子で遊馬の姉貴分であったカンナは、京都の公家流家元の今出川家幸麿と結婚し、長女・希と長男・典を授かっていました。ジェンダーフリーでコウブガッタイでバイリンガルの家で育った希は、小学校の同級生と馴染めないでいたのですが・・。

 

「水月松葉杖の段」

皇宮護衛官になっている佐保と結婚し、フリースクールの教師となり、「坂東巴流」の跡継ぎとして弟子の指導も行っている遊馬は、三十路を迎えています。彼が人生を悩んでいた京都時代を思い出したきっかけは、ある事件で足を怪我したことでした。半年間の穢れを落とす「夏越の祓」に食べる「水無月」菓子は、物語の締めくくりにふさわしく思えます。

 

2026/9

「ウルトラQ」の誕生(白石雅彦)

1966年に放送が始まった「ウルトラQ」は、「ウルトラマン」に先立って特撮TV番組の嚆矢となった革命的な番組でした。本書は、その名作が誕生するまでの過程を描いたドキュメンタリーです。

 

1954年に「ゴジラ」を、1961年に「モスラ」を製作した円谷英二は、1963年に東宝から独立して円谷特技プロダクションを設立。映画からTVに軸足を移しつつあったものの、その道のりは平坦でなありませんでした。フジテレビの企画「WOO」は局側の事情で頓挫。TBSの企画「UNBALANCE」は、アメリカの「アウターリミッツ」や「トワイライトゾーン」を意識した怪奇シリーズでしたが、さまざまな意向が働いて怪獣キャラクターを前面に出すことに決定。かなりの手直しを経て、航空パイロットの万城目淳、パイロット助手の戸川一平、報道カメラマンの江戸川由利子をレギュラーとする「ウルトラQ」に編成し直されたそうです。ちなみに江戸川由利子を演じた桜井浩子は、後の「ウルトラマン」では科学特捜隊のフジ・アキコ隊員も演じています。

 

第1話「ゴメスを倒せ」に登場した古代怪獣ゴメスと原子怪鳥リトラに続くラインアップは、巨大猿ゴロー、巨大植物ジュラン、冷凍怪獣ペギラ、巨大亀ガメロン、岩石怪獣ゴルゴス、モグラ怪獣モングラー、大蜘蛛タランチュラ、人工生命M1号、風船怪獣バルンガ。古代怪鳥ラルゲユウス、隕石怪獣ガラモン、コイン怪獣カネゴン、未来人1/8人間、地底怪獣パゴス、怪人ケムール人、海底原人ラゴン、宇宙人ルパーツ星人、巨蝶モルフォ、大蛸スダール、貝獣ゴーガ、悪魔ッ子リリー、深海怪獣ピーター、四次元怪獣トドラ、異次元列車。

 

しかし予算とスケジュールには苦しんだようです。ゴメスのぬいぐるみはゴジラを改造したものであり、ほかにも同じ怪獣の再登場や再利用でしのいだ回も見受けられます。ロケ地やセットもコスト第一で選定され、費用がかかりそうな脚本は書き換えを余儀なくされたとのこと。ロケ弁はいつも塩むすびとタクワンだったとのエピソードには涙ぐましいものがあります。それでも日本中に怪獣ブームを巻き起こして「ウルトラマン」にバトンタッチした「ウルトラQ」は、数多くの特撮監督や脚本家を輩出し、現代に至る特撮テレビ番組の礎を築きあげました。本書を読みながら、YOUTUBEでの紹介動画を何本か見ましたが、どれも今でもワクワクできる作品でした。

 

2026/9

2026/8 Best 3

1.消失(パーシヴァル・エヴェレット)

常に「黒人らしさが足りない」と批判されている、アフリカ系アメリカ人で難解な作品を綴る小説家が主人公。家庭の事情で金を稼ぐ必要に迫られて、Fワード満載の低俗な「黒人小説」を書いてみたところ、これが大ヒット。ついには文学賞まで受賞してしまうのですが、彼のアイデンティティはどうなってしまうのでしょう。あるグループに属する人びとに対してステレオタイプな「らしさ」を押しつけてくる社会全般に対する、痛烈な皮肉を描いた作品です。

 

2.ケアする心(キム・ユダム)

さまざまな女性たちの「生きづらさ」を描いてきた著者による本書は、「ケア」をテーマとする短篇集です。それぞれの作品で起こるラストでの鮮やかな反転は、ケアする者たちの本音のあらわれでしょうか。介護や看護や育児など、家族のケアに時間を労力を捧げる人々がケアされない社会は、やはり歪んでいるのでしょう。韓国特有の事情も描かれていますが、本質は日本と大差ありません。

 

3.翠雨の人(伊与原新)

日本の女性科学者の草分けの一人であり、優れた女性科学者に贈られる「猿橋賞」の創設者でもある猿橋勝子の生涯を描いた物語。戦時下で学んだ勝子は、戦後に気象研究所の研究員となったものの、女性は脇役にすぎません。しかし第五福竜丸事件をきっかけとして、彼女の微量放射性物質に対する分析測定法が世界から認められ、やがては「部分的核実験禁止条約成立」結びついていくのです。さまざまな差別を受けながら、地道な作業を積み重ねることによって科学の新しい地平を切り開いていった女性研究者の生き方は、心に深く染み入ってきます。

 

【次点】

・バウムガートナー(ポール・オースター)

・マナートの娘たち(ディーマ・アルザヤット)

 

【その他今月読んだ本】

・大友落月記(赤神諒)

・屋根屋(村田喜代子)

・気の毒ばたらき(宮部みゆき)

・京都伏見のあやかし甘味帖 12(柏てん)

・京屋の女房(梶よう子)

・戦神(赤神諒)

・猫と狸と恋する歌舞伎町(額賀澪)

・間諜 上(杉本章子)

・間諜 下(杉本章子)

・限界国家(楡周平)

 

2026/8/30

限界国家(楡周平)

現在の日本を「限界集落」ならぬ「限界国家」と呼び、国家という枠組みそのものが消滅の危機に瀕していることに鋭く斬り込んだ警告の小説です。確かに出生率低下による人口減少や、高齢者と生産人口比率の悪化、さらにはAIやロボットなどのテクノロジー進化もあって、産業構造の維持すら困難になっていくであろうことことは想像に難くありません。その一方で、少子化対策はいっこうに功を奏さず、移民の増加が社会分断を招きつつある現状は、目を覆いたくなるほどです。著者は、そのような現状に対して、どのような処方箋を出そうとしているのでしょうか。

 

物語は、政財界のフィクサーとして名を馳せる75歳の「憂国の士」前嶋が、世界最大級のコンサルティング会社を訪れる場面から始まります。「20年、30年先の日本がどうなるか調査してほしい」との依頼に対して、担当となった津山は調査を始めますが、明るい材料はなにひとつ出てきません。そして津山は思うのです。これは「壮大な撤退戦」なのだと。撤退戦であるからには、その先に勝利はありません。いかに最小化しようとしても、被害は出るのです。つまり「誰ひとり取り残さない」などという綺麗ごとは、あまりにも空虚なお題目にすぎないのです。まずそこを理解することが出発点なのでしょう。

 

著者は、登場人物のひとりである若きベンチャー起業家に、「人口減少を心配するなら移民を受け入れよ。それで日本の伝統や文化が消滅しても構わない」と語らせます。そしてそれができないのであれば「日本を捨てるしかない」とまで言わせるのです。憂国の士である前嶋には耐えられない論調ですが、それでも彼は気づくのです。「すでに国家という枠組みを超えている若者たちの世代は、新しい世界を築いていけるのではないか」と。もちろんそれも綺麗ごとなのですが、その趨勢に逆らおうとすると、被害はさらに大きくなっていくのでしょう。そして「既存の枠組みにしがみつく高齢者は、政治や企業の権力を手放すべき」との意見には全く同感です。世界を危機に陥れているのは、超大国の老いた指導者たちだということは、まぎれもない事実なのですから。

 

2026/8

間諜 下(杉本章子)

生麦事件の賠償問題が決裂して起こった薩英戦争では、著しい兵力差を跳ね返して薩摩藩が善戦。その背景には、恋人の薩摩藩士・木藤彦三のためにイギリスの艦隊司令官キューパー少将の妾となり、女スパイとしての役割を果たした日本橋葭町の芸者・おむらの存在があったとのこと。

 

上巻では生麦事件から薩英戦争に至る過程が丁寧に綴られましたが、下巻ではいよいよ、おむらの活躍が始まります。ただし見目も姿も気性も良く、芸事にも秀で、愛嬌も華もある元芸者であっても、領事館に閉じ込められた妾の身では、派手なアクションなど起こせるわけもありません。英国公使館内の打ち合わせや談判の席に茶菓を供するために出入りするのが精一杯。しかし彼女は、清国人のコックを籠絡して情報を得ることに成功するのです。

 

キューパー提督と艦隊が薩摩へ向かう日程を掴んだおむらは、公使館を脱走して恋人のもとへ向かうことを決意します。著者は、終始冷静な英国代理公使のニールに、「あの美しい間諜がしあわせになってくれるよう祈ってやみません」とまで言わせています。実在のおむらは、江戸で恋人の木藤彦三の妻に直って平穏な生活を送ったとの「解説」には、ホッとさせられました。

 

2026/8

 

間諜 上(杉本章子)

サブタイトルとなっている「洋妾(らしゃめん)おむら」とは、幕末期に実在した日本橋葭町の芸者です。恋人の薩摩藩士・木藤彦三のためにイギリスの艦隊司令官キューパー少将の妾となって、スパイとしての役割を果たした女性とは、どのような人物だったのでしょう。

 

物語の始まりは横浜開港の3年後、1862年に起こった生麦事件。島津久光公の行列に騎馬で乗り入れた英国民間人の一行に斬りかかった薩摩藩士が起こした死傷事件は、幕府と薩摩藩に難題をもたらしました。この事件に対する賠償金支払いのこじれが、翌1863年の薩英戦争を引き起こしました。その際に陰で活躍したのがおむらであり、彼女から英国艦隊種出動の日取り、英国将兵の志気の低さ、弾薬の不足などの情報を事前に得ていたことが、薩摩藩の善戦に結びついたとのこと。

 

しかし本書はストレートにおむらの活躍を描いた作品ではありません。おむらや薩摩藩の視点に加えて、イギリス側の視点や、幕府の視点からの背景説明が、かなり精緻に書きこまれているのです。著者自身が「幕末の泥沼に落ち込んだ」と語っているように、かなりの長編になってしまい、物語の焦点がぼやけてしまった感もぬぐいきれません。

 

その反面、イギリスをはじめとする列強各国の傲慢な差別意識や、幕府官僚の優秀さと限界も描くことができたようです。当時の列強領事が「幕府の交渉は信用できない」と軽蔑している記述をよく目にしますが、弱者の視点に立てば当然のこと。強盗に脅されながら書いた誓約書なんて履行したくないでしょうし、現代の感覚ではそんな誓約書の有効性すら疑わしく思えます。ともあれ下巻ではいよいよ、おむらの決死の間諜活動が描かれるはずです。

 

2026/8