りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

戦神(赤神諒)

戦国時代に北九州で覇を唱えた大友家のサーガの第1作は、『大友二階崩れ』でした。その時すでに大友最強の将であった戸次鑑連(後の立花道雪)は、その後の作品でも大友家を守る最後の砦として随所に登場しています。本書は、その戸次鑑連が、遠く離れた武田信玄からも畏怖される「戦神」となるまでの物語、

 

もともと大友家の支流として豊後の最有力御家人であった戸次氏は、一時没落していたものの、鑑連の父・親家の代で一城を得るまでに勢力を回復。しかし大友宗家から預かっていた愛息を戦闘で死なせた罰として、再び零落の憂き目にあってしまいます。反乱人の一族から得ていた妻も死に追い込まれる中で、月足らずで生まれたのが鑑連でした。幼いころから戦の才能を発揮した鑑連は、戸次氏再興のために戦場に出続け、不敗神話を作っていくのです。

 

本書は、当時の大友家で最大の勢力を誇っていた入田氏との確執をメインストーリーとして描かれていきます。入田氏から奪うようにして娶った幼馴染の妻・お道とは、子を得ることは叶わなかったものの幸福な家庭を築きあげ、多くの有力家臣にも恵まれて、武将として恵まれた境遇に達することができたのですが、そこで過酷な運命に見舞われます。それは入田氏が謀叛人とされるに至った「大友二階崩れの変」でした。お道は一族とともに殉ずる覚悟で、実家の城へと向かうのですが・・。

 

歴史小説には「史実」という制約があるわけですが、ついに勝者とはなり得なかった大友家の資料は多く残されてはいないとのこと。それだけ作家が想像力を羽ばたかせる予知があるわけですが、「喜怒哀楽、艱難辛苦、生き老病死、愛別離苦」をぎっしり詰め込んだ、疾風感あふれる作品に仕上げたのは、もちろん著者の力量です。

 

2026/8

翠雨の人(伊与原新)

日本の女性科学者の草分けの一人であり、優れた女性科学者に贈られる「猿橋賞」の創設者でもある猿橋勝子の生涯を描いた物語。

 

1920年に東京の下町で生まれ、幼い頃から雨などの自然現象に興味を抱いていた少女は、研究者となる夢を諦められずに就職先を退職して、21歳の時に新設された帝国女子理学専門学校に入学。卒業後、中央気象台に嘱託として採用されたのは戦時下の1943年のことでした。戦後は気象庁気象研究所の研究員となったものの、女性は脇役にすぎません。そんな中で勝子は地道に、分析と解析技術の腕を磨いていきます。

 

やがて日本の漁船がビキニ環礁で死の灰を浴びる「第五福竜丸事件」が起きた際に、上司の三宅泰雄ともに大気及び海洋の放射能汚染の調査研究を行って、高く評価されました。そして核実験の安全性を主張していたアメリカの高名な科学者たちと競った結果、微量放射性物質に対する分析測定法の精度で優ることが認められて、一躍世界的な名声を得るに至るのです。やがて彼女の研究成果は1963年の「部分的核実験禁止条約成立」に結びついていきました。

 

東大大学院で地球惑星科学を専攻した著者は、そんな猿橋勝子を、悩みながら成長していった女性として描き出します。優れた学歴も持たず、女性差別やアジア人差別も受けながら、地道な作業を積み重ねることによって科学の新しい地平を切り開いていった女性研究者の生き方は、心に深く染み入ってきます。まるで紫陽花をしっとりとぬらす翠雨のように。

 

2026/8

ケアする心(キム・ユダム)

さまざまな女性たちの「生きづらさ」を描いてきた著者による本書は、「ケア」をテーマとする短篇集です。それぞれの作品で起こるラストでの鮮やかな反転は、ケアする者たちの本音のあらわれでしょうか。介護や看護や育児など、家族のケアに時間を労力を捧げる人々がケアされない社会は、やはり歪んでいるのでしょう。韓国特有の事情も描かれていますが、本質は日本と大差ありません。

 

「ナツメ」

伯父の事業の失敗で人手に渡った屋敷に実っていたナツメの実を懐かしんでいた祖母は、女の孫である「私」よりも、男の孫である従兄にばかり会いたがっています。しかし祖母の看護に疲れ切った母の姿を見ている従兄の本音はどうなのでしょう。

 

「安」

家を意味するウカンムリの下に「女」がいれば「安心」だというのでしょうか。家にいて犠牲になってくれる女性がいれば、他の家族が楽に暮らせるという事実には、ハッとさせられます。結婚生活を始めた娘に対して母親が告げた言葉は「呪い」ではなく「警句」だったようです。

 

「ギョンジャ」

一族の反対を振り切って映画スターになるために上京し、最終的には「過去の独裁者」の部下の妾となった従姉のギョンジャもまた、選択できない運命を生きた女性のひとりでした。そんな従姉に対して、厚かましく理不尽な依頼を持ち込む一族の人々の心境はどうだったのでしょう。

 

「ヨンジュの半分」

育休中の女性が、かつて同期だったヨンジュと久しぶりに再会。数年前に幼い息子を事故で亡くし、離婚後はイラストレーターとして独立したヨンジュに育児を頼んだ女性は、彼女に複雑な感情を抱くのですが・・。2人とも新しい人生に踏み出せそうな結末には心温まる思いもさせられるのですが・・。

 

「ケアセンター天国」

出産後の母親の回復と新生児のケアを行う「産後ケアセンター」は、公的施設です。出産した女性の90%近くが利用しているとのことですが、そこでの優劣を左右するのは「母乳の出」だとのこと。そこは女性が「母」にされていく施設なのでしょうか。

 

「ケアする心」

育休明けの職場復帰を目前に控えた新米母親が、ベビーシッター探しに苦労する話。いかにも「あるある」的なコメディタッチで綴られる物語ですが、いつしかホラー要素が入り込んできます。

 

「私の隣人との距離」

不動産価格急騰によって、近所どうしの2人の母親の立場が逆転してしまいます。それに追い打ちをかけたコロナ禍で、2人の関係はいっそうギクシャクしてしまうのです。

 

「入所」

もはや老母ひとりの手に負えなくなった、認知症の老父を施設に入れるまでの50日が淡々と描かれます。近所の目や罪悪感を気にする必要などないはずなのですが・・。

 

「特別災難地域」

90歳過ぎの実父を施設に入れ、自宅では離婚した息子が引き取った娘を育てている中年女性の負担は、コロナ禍によって重くなっていきます。しかし、父、夫、息子、孫のケアに追われる女性をケアしてくれる存在など、どこにもいないのです。

 

「台風注意報」

子育ても一段落して、夫に「卒婚」を宣言した中年女性は、最後の務めのつもりで、新婚の義妹夫婦が営む有農園を訪ねます。台風が迫る中で初めて高速道路を運転した女性は、自分の決断に自信を深めたようです。

 

2026/8

マナートの娘たち(ディーマ・アルザヤット)

シリアで生まれ、7歳の時に両親とともにカリフォルニアに移住した著者のデビュー作は、いわゆる「移民文学」の範疇に納まってはいません。著者は、「メインストリームの白人読者に口当たりがいい形で、各々の文化を提供する」なんてことはまっぴらだというのです。その代わりに「その文化をうんと複雑なものにしてやろう」と思いながら書いてきたとのことです。

 

「浄め(グスル)」

遺体を浄める作業は同性の仕事なのですが、ここでは姉が弟の遺体を浄めることに固執します。姉弟の父親が祖国で無惨に殺されたことで一家はアメリカに移住したのですが、ここにも暴力は存在していたのです。

 

「マナートの娘たち」

アメリカの女の子として育った「わたし」と、イスラム教の枠からはみ出した伯母と、伝統的価値観に忠実に生きた祖母の三重の語りに、疲れ切って宙に身を投げた女たちのイメージが重なっていきます。それを見つめるているのは、イスラム以前にアラビア半島で信仰されていた女神たちのようです。

 

「失踪」

かつて実際に起こった6歳の少年の失踪事件を基にした作品です。障碍を持つ弟に対する少年の屈折した感情や、世間から息子を守ろうとする母の思いは、人種や宗教を越えて共通しているのです。

 

「懸命に努力するものだけが成功する」

「#MeToo」運動のニュースを見た女性が、若い頃に働いていた映画産業界で受けたハラスメントを思い出します。過去の自分に言ってやりたいと思う「火を持て」との言葉は強烈です。

 

「カナンの地で」

イスラム教で疎まれる同性愛者の男性の一人語りからは、妻子を愛しながらも本来の自分を抑えつけている苦しさが滲み出てきます。

 

「アリゲーター」

1929年のフロリダで実際に起きたシリア系移民夫婦のリンチ殺害事件をベースとして書かれた作品です。当時はシリア人は白人に分類されていたそうですが、やはり差別は存在していました。その一方で、黒人や先住民に対しては優越感を持っていたことが示唆されています。そして殺害された夫婦の息子は、差別意識むき出しの保守的南部男に育つのでした。

 

「サメの夏」

電話販売の仕事中にTV画面に映し出されたのは、ニューヨークの高層ビルに飛行機が突っ込む映像でした。事情がわかってくるに連れて、アラブ系の女性である語り手に同僚たちの冷たい視線が向けられてきます。

 

「わたしたちはかつてシリア人だった」

兄の孫娘が学校の課題で書いた「シリア難民危機」についての作文に刺激されて、大叔母が過去を語り始めます。それはシリアの国境警備隊長だった父の失脚で、特権階級から没落していった一族の物語でした。

 

「三幕構成による、ある女の子の物語」

祖父も父親も女性との性交中に死亡して、実母でもシリア人でもない義母によって施設に送り込まれた少女は、多文化主義を標榜する授業を笑い飛ばします。しかし彼女は自分を受け入れてくれる人や拠り所を必死で求めていたのです。

 

2026/8

京屋の女房(梶よう子)

2025年度の大河ドラマ「べらぼう」は、江戸時代中期の出版文化黎明期に活躍した版元、浮世絵師、狂歌師、戯作者たちの関係を描いた佳作でした。本書は、その中心人物のひとりであった山東京伝のふたりの妻の物語。

 

紙煙草屋「京屋」を開いた商人で、北尾政演の名前で浮世絵も描いた京伝ですが、やはり戯作者としての活躍が一番知られています。版元の蔦屋や鶴屋から出版した黄表紙本や洒落本を大ヒットさせた京伝は、30歳の時に吉原の遊女・菊を妻に迎えます。妻の内助の功あって、手鎖刑を受けた辛い期間を乗り切り、紙煙草小物屋を開いて自分の作品をおまけにつけた商品をヒットさせますが、菊は若くして病死。その7年後には、やはり吉原遊女であった百合を後妻として迎えました。

 

本書は、京伝の後妻となった百合が、「出来た前妻」菊の影への嫉妬を乗り越えて、京伝の愛に全幅の信頼を置くに至るまでの物語。その過程で描かれる江戸出版界の重鎮たちと京伝との関係も楽しい作品です。とりわけ京伝から見て後輩にあたる曲亭馬琴や式亭三馬の変人ぶりは、堂に入っています。できればこんな性格の人間とはつきあいたくないものですが、そこは百合が吉原時代に学んだ客あしらいの技の生かしどころ。百合の幼い妹・滝を養女に迎えるクライマックスは感動的でした。

 

2026/8

京都伏見のあやかし甘味帖 12(柏てん)

大ヒットした著者のメジャーデビュー作が、7年かけて12巻で完結。ただし小説内の時間は1巻につき1カ月経過ということなので、ここまで1年しかたっていないんですね。人生に行き詰ったOLれんげが京都の町屋に民泊して大学生の大家・虎太郎と、幼い黒狐と出会ってからたくさんのことがありすぎて、濃密な1年間でした。

 

最終巻では、これまで京都に住まう古代の神々と関わってきたれんげに代わって、単なる和菓子好きな大学生だった虎太郎が大活躍。節分の日に須賀神社を訪れた際に久那斗という神と遭遇し、弱まっている京都の結界を守るために「四将軍を探せ」と告げられたのです。れんげの体調不良もそのせいと思い込んだ虎太郎は、彼女を守るべく懸命に京を巡るのですが・・。

 

神話時代から今日に至るまで、さまざまな名前や属性を与えられてきた神々のルーツ探しは難しいですね。今まで何かと力になってくれていた養蚕を司る木島神が元をたどれば大物主や長脛彦であり、天孫降臨や神武東征時代の敗者であったわけです。再び天孫族との戦いが起ころうとしている中で、木島神は頼れないことなど、よほど故事来歴に詳しくなければ知りようもありませんね。それでも最後は、れんげや虎太郎に、さらには次の世代へと引き継がれる血統が力を発揮してくれました。長い間楽しく読ませてもらったシリーズが終わることは残念ですが、また別の作品で出会えることを期待しています。

 

2026/8

気の毒ばたらき(宮部みゆき)

著者が「作家としての終活シリーズ」と位置づける連作「きたきた捕物帖」の第3作です。本書で描かれる江戸は『本所深川ふしぎ草紙シリーズ』や『ぼんくらシリーズ』と地続きの世界であり、回向院の茂七や、岡っ引きの政五郎も「過去の人物」として名前が出てきます。

 

本書の主人公は岡っ引き見習いの北一。彼の相棒は出自不明ながら忍びのような一面を見せる湯屋の釜焚きの喜多次。だから「きたきた」なんですね。1年前に北一の師匠であった岡っ引きの千吉親分が急逝して以来、北一は千吉親分の本業だった文庫売りで生計を立てる一方で、喜多次や周囲の人々の協力を得ながら、謎めいた事件の解決にも取り組んでいます。

 

本書に収録されているのは「気の毒ばたらき」と「化け物屋敷」の2編です。前者は、放火事件が起きた真相と、焼け出された者たちの仮住まいで起きた盗難事件を探る物語。後者では、28年前の貸本屋のおかみが失踪した後に死体で発見された事件の真相に迫っていきます。どちらの作品もミステリとして絶品であり、とりわけ後者では、資料を丹念にあたり、関係者の事情聴取で新たな展開をたどり、少しずつ犯人へと到達していく過程がスリリング。ちなみに後者の事件には『桜ほうさら』の登場人物も関係しています。

 

しかしこのシリーズの本質は、北一少年の成長物語なのでしょう。無口な喜多次との友情をはぐくむ一方で、千吉親分の未亡人おみつや、町奉行所同心の沢井、文庫作りに関係する栄花お嬢様、そして富勘長屋の住人たちとの関係が、彼を成長させていきます。やがて北一も深川の名物岡っ引きになっていくのでしょうが、まだまだその過程を楽しんでいきたいものです。

 

2026/8