りぼんの読書ノート

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百夜(高樹のぶ子)

小野小町は、紫式部清少納言らによる王朝文化最盛期から100年ほど前に登場した才女です。「古今和歌集」の六歌仙に選ばれた和歌の名手であり、また美人の代名詞として、彼女の名前を知らない者などいないでしょう。しかし彼女の足跡は意外なほどに不確かであり、数多く残る伝説の中に埋もれてしまっています。やはり六歌仙のひとりである在原業平の生涯を『業平』にて再構築した著者が、今度は小野小町伝説に挑みました。

 

両親や生誕地や両親ですら諸説あるのですが、著者は最有力の伝承に従って、小野篁の娘として出羽で生まれたとしています。母親を地元に残して小町が上京したのはまだ幼い少女だった頃。名門小野家の姫として仁明天皇文徳天皇の女御に仕え、その美貌と才能で人々の注目を浴びたわけです。さらに晩年にまつわる伝承も数多く、墓所ですら全国に点在しているほど。著者はこれらの伝承を紡ぎ合わせて一人の女性の生涯を描き上げましたが、重要なのはそこではありません。

 

小町の実作とされる「古今和歌集」の18首を丁寧に読み解いた著者は、「あはれなるようにて真はつよい」女性像を見てとりました。人口に膾炙した「夢と知りせば」や「花の色は」などの歌からは、男性に対する媚びへつらいは感じ取れず、ただただ自分の感性に正直であるというのです。晩年の零落物語が荒唐無稽であり、小町亡き後千年以上続いている男社会が作り上げた誹謗中傷であることは、言うまでもないでしょう。

 

小町が生涯たいせつにした秘めた恋や、在原業平らとの交流や、深草少将の「百夜通い」の真相なども著者の解釈で小説化されていますので、読み物としても楽しめる作品に仕上がっています。そして小町の背後には、出羽や陸奥の大地を感じ取ることもできるはずです。

 

2024/4