りぼんの読書ノート

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桜小町 宮中の花(篠綾子)

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平安時代の絶世の美女としても名高く、六歌仙のひとりとして「百人一首」にも選ばれているほどの人物ながら、小野小町の生涯は謎に包まれています。著名な歌人たちとの和歌の贈答が記録に残されているものの、彼女の実在を疑う研究者もいるほどです。和歌を中心にした物語と綴り続けている著者は、そんな彼女を権謀うずまく平安前期の宮廷をしなやかに生き抜いた女性として描き出しました。

 

彼女が生きた9世紀の平安前期は、藤原北家が全盛に至る基盤を築いた藤原良房の時代です。第52代嵯峨天皇の皇女を妻とし、妹の順子を第54代仁明天皇の后に、娘の明子を第55代文徳天皇の后とし、明子が生んだ第56代清和天皇の后には姪の高子を立て、史上初の関白となった養子の基経の系譜からは藤原道長が生まれるに至るのです。著者は、そんな良房と小町の関係をベースに置きながら、小町を在原業平と組ませて活躍させます。

 

仁明天皇の更衣であった小町は、その美貌と才能から多くの男性に言い寄られていましたが、彼女にははじめて上京した時に出会った男性を今なお忘れられずにいたのです。そんな小町を心に留め、彼女を宮中に引き留めるために、仁明天皇は小町を寵愛しているとの噂を流していました。しかし権力者の藤原良房や、歌人として名高い良岑宗貞や、若輩ながら好青年の在原業平らは、彼女を誘い続けています。そんな小町に、死の床についた仁明天皇は重責を担わせます。最愛の息子である道康東宮を、業平と組んで、良房の魔手から守って欲しいというのです。はたして彼女にそのようなことは可能なのでしょうか。そして業平や良房との関係はどうなってしまうのでしょう。

 

さまざまなエピソードを織り込みながら、綺麗に纏め上げたのは著者の力量でしょう。小町のもとに百夜通い詰めるとの約束を果たせなかった深草少将の役割は、後に出家して遍照僧正となる良岑宗貞に振り当てられました。業平の生涯の友となる惟喬親王は道康東宮の息子であり、本書では小町に初々しい恋公を抱いた少年として登場します。小町が出羽出身であるとの伝承も、意外な形で事件と関わってきています。「芥川」で名高い業平と二条高子のエピソードは出てきませんが、時代考証的に難しかったのでしょう。

 

タイトルの「桜姫」は、百人一首に採用された小町の和歌「花の色はうつりにけりないたづらに 我が身世にふるながめせしまに」から採られていますが、著者はその返歌まで創作してしまいました。業平の助けを借りて惟喬親王が詠んだ「花の色ようつらばうつれ我が恋は うつりはすまじ年は経るとも」の歌が、物語の纏めとなっているのですから見事なものです。

 

2021/7