りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

2020-11-01から1ヶ月間の記事一覧

2020/11 Best 3

1.あの本は読まれているか(ラーラ・プレスコット) 冷戦時代にCIAが、ソ連では出版禁止となっていた『ドクトル・ジバゴ』をソ連国内に流布させようとするプロパガンダ作戦を行っていたとは驚きました。公表された僅かな事実を膨らまして描かれた本書で…

展望塔のラプンツェル(宇佐美まこと)

児童虐待による悲劇が連日のように報道されているという悲しい現実があります。本書はそんな重いテーマを扱って、「本の雑誌が選ぶ2019年度ベスト本第1位」に選出されています。 東京に隣接して開発が進む北部に対して、労働者や多国籍の人々が居住する…

覚悟の人(佐藤雅美)

群馬県の富岡を訪れた際に、富岡製糸場の生みの親として小栗上野介が賞賛されていました。慶応4年(1868年)に官軍に殺害された小栗は、明治政府によって設立された製糸場には直接関係していないのですが、幕末にフランスからの技術導入によって横須賀…

あの本は読まれているか(ラーラ・プレスコット)

まだ11月ですが、今年のベスト本の第一候補です。タイトルの「あの本」とは、『ドクトル・ジバゴ』のこと。著者のボリス・パステルナークにノーベル文学賞をもたらした名作は1957年にイタリアで、次いで世界18カ国で出版されたものの、ソ連では19…

戦下の淡き光(マイケル・オンダーチェ)

2018年に歴代ブッカー賞の中で最優秀作品に選ばれた『イギリス人の患者』の著者の、7年ぶりの新作は、やはり高水準の魅力的な作品でした。「1945年、うちの両親は、犯罪者かもしれない男ふたりの手に僕らをゆだねて姿を消した」と始まる本書は、第…

ならずものがやってくる(ジェニファー・イーガン)

かつてのLPアルバムよろしくA面6篇+B面7編の連作短編からなる本書は、過去と未来を行き来しながら数十年にわたるニューヨークの音楽シーンを舞台とする人間模様を描いた作品です。一話ごとに語り手も技法も変えられた短編群を、通奏低音のように結び…

よそ者たちの愛(テレツィア・モーラ)

ハンガリー出身でドイツに移住した著者は、いわゆる移民作家ではありません。もともと母国ではマイノリティであるドイツ系の生まれであり、2か国語がともに母語なのです。とはいえ、このような経歴が彼女に対して、よそ者と呼ばれる人々に目を向けさせるこ…

靴ひも(ドメニコ・スタルノーネ)

人生の半ばで心惹かれたイタリア語で小説を書き、ローマに移住までしたジュンパ・ラヒリに、再び英語と向き合う決心をさせた作品だそうです。このイタリア小説に惚れ込んだラヒリによる英訳は、アメリカで高く評価されているとのこと。語り手も文体も異なる…

犬売ります(フアン・パブロ・ビジャロボス)

メタフィクション風の奇妙な物語の語り手は78歳の老人テオ。美大生だったものの画家となる夢は叶わず、メキシコシティのタコス屋として生涯をおくり、老人ばかり12人が暮らしている古びたマンションで余生を過ごしています。残り少ない貯えと自分に残さ…

活版印刷三日月堂6.小さな折り紙(ほしおさなえ)

第4巻で完結したはずの物語ですが、登場人物たちの過去を綴った第5巻に続いて、未来の物語である第6巻も番外編として出版されました。今までに登場した人々の中で、誰が再登場しているのでしょうおか。 「マドンナの憂鬱」 川越の観光案内所で働く女性が…

活版印刷三日月堂5.空色の冊子(ほしおさなえ)

祖父が残した川越の小さな活版印刷所「三日月堂」を再開した孫娘の弓子さんと人々の触れ合いを描いた濫作短編集のシリーズは、第4巻でひとまず完結しています。本書は「三日月堂」の過去を尋ねる番外編です。 「ヒーローたちの記念写真」 亡父が遺した西部…

幻想蒸気船(堀川アサコ)

人気の「幻想シリーズ」第8作の舞台は蒸気船。ここも、「郵便局」や「電氣館(映画館)」や「寝台車」と同様に、亡くなった方々が来世へと旅立つ場所でした。どうもこの業界も競争が激しいようで、天国の花畑や来世からの通信や人生を振り返る映画「走馬灯…

地磁気逆転と「チバニアン」(菅沼悠介)

2020年1月に開かれた国際地質科学連合理事会で、地質年代に初めて日本の地名が刻まれました。更新世の前期と中期の境界を規定する代表地として千葉県市原市にある養老川沿いの地層が選ばれて、「チバニアン」と名付けられたのです。その際に話題となっ…

チンギス紀 7(北方謙三)

先のタタール討伐で金国についたテムジンとケレイトのトオリル・カンに対して、テムジンの盟友であったジャムカ、テムジンの仇敵であったタイチウト氏族のタルグダイ、メルキトの新たな族長となったアインガは、反金国の大連合を築こうとしていました。草原…

あなたの人生の物語(テッド・チャン)

近年の中国SFの興隆は目覚ましいものがありますが、本書の著者は中国からのアメリカ移民2世です。寡作ながらどの作品も高く評価されている著者が影響を受けたのがアシモフやクラーク、評価する作家はイーガン、ファウラー、ギブスン、スターリングと巨匠…

聖者の行進(堀田善衞)

大著『ゴヤ』を書き上げて以降の晩年をスペインで暮らした著者が、主に中世ヨーロッパを舞台にして描いた宗教色の強い短編集です。『路上の人』、『ミシェル 城館の人』、『ラ・ロシュフーコー公爵傳説』、『方丈記私記』などの長編との関わりも強く感じられ…

犯罪小説集(吉田修一)

これは現代の「説話集」なのでしょうか。不幸な運命が引き起こす犯罪は、多様な姿で現れるようです。 「青田Y字路」 少女失踪事件の犯人と疑われた青年は、10年後に起きた同様の事件で再度疑われて焼身自殺。2件めの事件では無罪であったことが判明する…

オババコアック(ベルナルド・アチャガ)

タイトルの『オババコアック』とは、スペイン・バスク地方のオババという町の小話という意味だそうです。オババとは著者が創り上げた架空の町であり、ガルシア=マルケスのマコンドや藤沢周平の海坂藩のような存在なのでしょう。26編の短編が、大きく3部…

嘘と正典(小川哲)

内戦時代のカンボジアを生き抜いた異才の少年少女の物語を描いた傑作SF『ゲームの王国』の著者による、日本SF大賞受賞後第1作は短編集でした。奇想、歴史、SF、ファンタジーなどのジャンル分けに馴染まない多彩さを見せてくれます。最初の4編のテー…

トリガー(真山仁)

『ハゲタカ』以来、社会問題とエンターテインメントを両立させる小説を書き続けている著者の新作のテーマは、在日在韓米軍の民営化問題でした。戦争や紛争で自国民の軍人に犠牲が出ることを回避するために、アメリカでは民間軍事会社への軍務外注委託が進行…

流浪の月(凪良ゆう)

「あなたと共にいることを、世界中の誰もが反対し、批判するはずだ」という相手と、深い絆で結ばれてしまったという感覚を描き出した、2020年の本屋大賞受賞作です。 主人公・更紗が自由人で愛情深い両親と暮らした楽しい少女時代は、9歳の時に終わって…

マジカルグランマ(柚木麻子)

「マジカルニグロ」という言葉があります。「風と共に去りぬ」のマミーのように、不断は存在感を消していながら白人の主人公を助けるために献身的に尽くす、白人社会が作り上げた都合のいい黒人のこと。本書の主人公である柏葉正子もそんな「マジカルグラン…

友だち(シーグリッド・ヌーネス)

ニューヨークのアパートにひとりで暮らす初老の女性作家は、深い喪失感に襲われていました。歴代の妻たちも嫉妬するほどに親密な関係を築いていた元恩師の小説家が、自殺してしまったのです。遠い昔にたった一度だけ関係を持っただけで、最近ではむしろ縁遠…