りぼんの読書ノート

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月蝕(篠綾子)

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伊勢物語で名高い在原業平を主人公とする歴史ミステリです。六尺豊かな長身に華やかな美貌、和歌にも舞にも武芸にも秀でた青年として登場する在平は、当然のように色好みの貴公子として描かれます。そんな男が、いったいどんな事件に巻き込まれるのでしょう。
 
仁明天皇朝の末期に左近衛将監蔵人として任官した業平は、次の文徳天皇朝では冷遇され、後の清和天皇朝になって再び昇進を重ねています。著者は、業平が文徳天皇の意に反したことをしたのではないか。それは文徳天皇が溺愛した皇子・惟喬親王が、権力者の藤原義房の娘・明子が生んだ異母弟・惟仁親王皇位を譲ったことと関係しているのではないかと推論したようです。

実は業平は、妻を介して縁戚に当たる惟喬親王とは、幼い恋の手ほどきをしたりするほど親しかったのです。皇位継承をめぐる藤原氏の策謀が一線を越えて、惟喬親王に危害を加えかねないほどにエスカレートした時に、業平は強い怒りを覚えます。折しも藤原氏を憎む謎の美少女・香澄から入手した、藤原氏の陰謀が隠された和歌の秘密を暴くために、親友の陰陽師・葛木行貞とともに立ち上がるのですが・・。

和歌の謎解きは難しいものではありませんでしたが、鎌足に遡る藤原氏の陰謀の歴史を暴くことが、文徳天皇の意に染まなかった理由に至る展開は見事です。香澄の正体も史実と矛盾はありませんし、当時すでに盛りを過ぎた絶世の美女・小野小町の用い方や、後に業平の運命の女性となる藤原高子との出会いも絶妙です。後の紫式部の娘。賢子がまいる!と同様にキャラ小説の色彩が強い作品でありながら、時代考証や登場人物の背景がしっかりしている楽しい作品です。

2018/5