2023-09-01から1ヶ月間の記事一覧
1.黄金虫変奏曲(リチャード・パワーズ) バッハの「ゴルドベルク変奏曲」とポーの『黄金虫』を合成したタイトルを持つ本書は、分子遺伝学、進化論、情報科学、音楽、文学、歴史、絵画などの知識を縦横無尽に駆使して創作された野心的な作品です。1950…
女装ホームレスとして街の四つ角に立ち、多くの人に不安な気持ちを起こさせているアリシアが思い出すのは、再開発で消え去ったコモリの町のこと、かつてそこに暮らしていたもののいなかったことにされた人たちのこと、そして貧困と暴力にさらされてきた子供…
著者がTV企画で全国の古寺を巡礼した記録であるシリーズですが、訪問したことのある寺を中心に順不同で読み進めていました。「人と共に生きる市井の寺と俗世間を遠く離れた山中の寺」を集めたこの巻で訪れたことがあるのは、高野山、青岸渡寺、粉河寺、四…
本書が2022年の本屋大賞で3位となり、直木賞候補ともなったことでこの著者を知りました。それぞれに息苦しさを抱える者たちが、家族とのつながりの中で懸命にもがきながら生きていく6篇の連作短編集です。家族関係とは、互いに支え合う美しいものばか…
1952年の巨大隕石の落下で環境が激変した地球から脱出すべく宇宙進出を目指した人類は、火星有人探査船を発進させた一方で、月面基地アーテミスを本格的に拡大させています。しかしその一方では「地球ファースト主義者」なる原理主義的グループのテロ行…
1952年。アメリカ東海岸に巨大隕石が落下したことで地球環境は激変。存亡の危機を認識した人類が本格的な宇宙進出を目指すという歴史改変SFシリーズの第3部です。テクノロジーは未熟ですが、1961年に始まったアポロ計画が人類を月に送り込んだこ…
主人公は江戸西河岸町の呉服屋・常葉屋の一人娘・とわ。実は彼女は常葉屋の実子ではないのですが、いったい誰がどんな事情でとわを常葉屋に預けたのでしょう。そして彼女が年ごろになったある日、今度は女将で母親の律が突然姿を消してしまいました。本書の…
猪苗代湖を会場とした音楽とアートのイベント「オハラ☆ブレイク」で配布する短い読み物として、7年に渡って書き継がれた連作短編が書籍化されたもの。ライブに出演したバンドの「The ピーズ」と「TOMOVSKY」の曲の歌詞を引用しながら書かれた作品は、「猪苗…
『源氏物語』の現代語訳という大仕事を成し遂げた著者の5年ぶりのオリジナル小説は、「キャラが勝手に動いてくれた」という力強い作品でした。主人公は、40代を目前にして無気力な中年女性になっているみのり。理解ある優しい夫、居心地の良い楽な職場、…
北海道東北部の小さな町で生まれ育ち、地元の介護職を辞めて上京したリキの生活は厳しいものでした。学歴もキャリアも生活基盤もないリキは非正規職にしか就けず、出会うのはろくでもない男ばかり。29才になるのに明日の見えない暮らしを強いられています…
シリーズ8作目。恋人も仕事も失って京都で人生休養中だった小薄れんげでしたが、民泊先の家主で甘味好きの大学生・虎太郎と出会って、京都で暮らすことを決意。いわくありそうな不動産会社に就職を決めて、現在は町屋の民泊事業の企画に悩んでいるところ。 …
トランプ大統領の誕生によるアメリカの排外的政策や感情の高まりに危機感を抱いた、「難民作家」たちによるエッセイ集です。編者は4歳の時にサイゴンからアメリカに逃れた経験を持つヴィエト・タン・ウェン。彼は難民について、普段は亡霊のように無視され…
旧佐賀藩主・鍋島氏の令嬢から梨本宮に嫁いだ伊都子妃が残した日記に基づく本書には、戦前の皇族の結婚物語が生々しく綴られています。生まれ落ちた時から配偶者選びが始まるという皇族の娘たちがめざす頂点は皇太子妃ですが、その座を射止められる娘は一時…
アイルランド系のコグリン家3部作の完結篇にあたりますが、単独でも楽しめるノワール小説です。第1作『運命の日』は長男ダニーを主人公とする、第1次大戦後のボストンが舞台の警官小説。第2作『夜に生きる』の主人公は3男ダニーが禁酒法時代のギャング…
TVアニメシリーズ「ゴジラ シンギュラポイント」の小説版ですが、内容はどこまで一致しているのでしょう。本書の内容はかなり難解なのです。 2030年、千葉県逃尾市に突然飛来した未確認飛行生物は、当地の町工場で製造されていた銀色のロボット「ジェ…
「ディズニーランドが日本に来た!」との副題がついています。三菱グループの「富士山麓案」と、三井グループの「浦安埋立地案」のどちらが勝ったのかは誰でも知っていることですが、そもそもディズニーがはじめてのアメリカ国外での立地を日本としたことに…
「東京の地下には地獄が眠っている」そうです。江戸は大火で知られた都市であり、250年間に大火災が100回以上も起きています。明治以降も関東大震災や東京大空襲があり、東京の土にはどこも、骨まで焼かれた者の骸が混じっているとのこと。本書は、暗…
イギリスのジュブナイル作家による、ケルト神話の英雄譚。主人公はかつてエリンと呼ばれていたアイルランドの上王に仕えたフィアンナ騎士団が全盛期であった頃の長、フィン・マックール。騎士団の任務はエリンの国土を侵略者から守ることに加えて、上王のも…
限定的な予知能力を有する青年・圭史と、彼から6時間後の死を告げられた女性・美緒を主人公とする恋愛サスペンスです。冒頭の表題作の直接の続編が「3時間後に僕は死ぬ」ですが、2つの作品の間に圭史が関連する別の物語が挿入されているので、連作短編の…
時代は富国強兵政策が進みゆく戦前の日本。舞台は良家の子息が通うキリスト教系の寮制高校。そこの生徒たちはドイツ系のニックネームで呼ばれているという設定。語り手は寮生のひとりで、ドイツ人と日本人の血をひくオスカーですが、彼にも出生の秘密がある…
「〇〇年の××」というのは、デビュー直後の著者が好んで用いていたタイトルです。この種のタイトルを用いたのは、『1995年のスモーク・オン・ザ・ウォーター』以来16年ぶりでしょうか。 天保改革の末期。南町奉行となっていた鳥居耀蔵に復讐を企む者た…
2023年7月に『木挽町のあだ討ち』で直木賞を受賞した著者は、時代小説や歴史経済小説を専門としているようですが、このような楽しい作品もあったのですね。本書は、明治期の華族令嬢を主人公とする異色ミステリです。『帝都東京華族少女』で出版された…
土佐高知で芸妓娼妓紹介業者の養女として育ち、やがては国民的作家となった著者の処女作を含む短編集です。どれも女の哀しみを描いた作品であり、初期と円熟期の短編を読み比べることができます。『櫂』から『仁淀川』に至る自伝的作品に連なる短編も含まれ…
グレートブリテンを舞台とする良質の歴史ジュブナイルを多く残している著者が、ケルトとローマの関りをひとりの少年の運命に託して書き上げた作品です。時代は2世紀前半、ハドリアヌス帝がブリタニアをローマの属州とした頃の物語。 訳者はあとがきで「ロー…
デビュー前の2015年に初めて書いた作品から、直木賞受賞後の2022年の作品までを含む、著者初の短編集です。著者は「あとがき」でデビュー前の作品について「少々粗があるが執筆当時の情熱も感じる」と述べていますが、決して粗くはありません。どの…
現代アメリカを代表する著者が1991年に書き上げていた第3長編が、ようやく邦訳されました。この作品だけ遅れていたのには理由があります。2段組み850ページという大作であることに加え、分子遺伝学、進化論、情報科学、音楽、文学、歴史、絵画など…