りぼんの読書ノート

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無情の月 下(メアリ・ロビネット・コワル)

1952年の巨大隕石の落下で環境が激変した地球から脱出すべく宇宙進出を目指した人類は、火星有人探査船を発進させた一方で、月面基地アーテミスを本格的に拡大させています。しかしその一方では「地球ファースト主義者」なる原理主義的グループのテロ行為も過激化していました。初期の女性パイロットのひとりであったニコールはアーテミスでの破壊工作の調査を命じられますが、次々に深刻なトラブルに見舞われてしまいます。

 

小さな不具合から基地の機能不全を引き起こすテロリストのテクニックはリアルですが、それだけではありません。月と地球の双方で、大規模な破壊工作も企まれていたのです。そしてニコールに最大の打撃をもたらしたのは、カンザス州知事からアメリカ大統領を目指していた最愛の夫が暗殺されてしまったことだったのです。悲しみに打ちのめされたニコールは、ミッションを達成して、宇宙進出計画の危機を押さえ込むことができるのでしょうか。

 

歴史改変要素を含むシリーズなので、現実の歴史との対比にも興味深いものがあります。当時の社会の無理解で解散させられてしまった女性宇宙飛行士チームや、宇宙開発を裏で支えた女性の計算者チームが、ニコール、エルマ、ヘレン、マーテルなどの初期女性パイロットチームのモデルだとのこと。後者については『ロケットガールの誕生(ナタリア・ホルト)』や映画「ドリーム」で詳しく描かれました。アメリカ大統領を目指したニコールの夫ケネスは、ケネディ大統領をイメージさせます。ただし意外な人物が大統領に就任するエピローグは、現実の歴史のかなり先を行っていますね。

 

現実の歴史との最も大きな違いは、冷戦が起こらなかったことでしょう。人類存続の危機に際しては、国家間のパワーゲームなど無意味ですし、隕石落下で最大の損害を受けたアメリカはオンリーワンの存在ではないのです。アーテミスにも世界各国からの入居が進んでいるし、人種差別や女性蔑視もかなり緩和されています。もちろん歪んだ心情を変えられない「クソ野郎」はどこにでもいるのですが。

 

アポロ計画の終了以降、長らく中断されていたアメリカの月面着陸計画が、本書の月面基地と同じネーミングの「アルテミス計画」として再開されました。これまで月面に足跡を残したのはアメリカ人の白人男性だけだったのですが、初期18人の宇宙飛行士の半数は女性であり、人種的な多様性も考慮されているようです。ロシアのウクライナ侵略やアメリカ大統領選挙の影響も受けて計画は遅れているようですが、現実の世界線は本書の世界に追いつくことができるのでしょうか。

 

2023/9