りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

燕は戻ってこない(桐野夏生)

北海道東北部の小さな町で生まれ育ち、地元の介護職を辞めて上京したリキの生活は厳しいものでした。学歴もキャリアも生活基盤もないリキは非正規職にしか就けず、出会うのはろくでもない男ばかり。29才になるのに明日の見えない暮らしを強いられています。友人に誘われて卵子提供のバイトに申し込んだところ、もちかけられたのは「代理母出産」のビジネスでした。

 

リキの依頼主は、自らの遺伝子を受け継ぐ子の誕生を熱望する43歳の有名なバレエダンサー・基と、不育症と卵子の老化によって妊娠を諦めた44歳の妻・悠子。日本で合法的に人工授精を行うために考え出された手段は、基は悠子といったん離婚してリキを法律上の妻として実子を得、出産後に離婚・再婚によって元の関係に戻るというものでした。お金のために「産む機械」とみなされるリキも、子供を得るプロセスから完全に外されてしまう悠子も釈然としないまま、事態は進んでいくのですが・・。

 

著者は、母親だけに出産・育児の負担がかかる日本の社会状況に対する憤りから本書を書いたと語っています。少子化に関しても女性の責任のような言われ方をされ、生殖医療に関する法整備も実情にあっていないというのです。隙間を埋めるビジネスが発生し、経済的な弱者がそこに吸い寄せられていく構造は、風俗業と紙一重のようです。

 

もちろん本書には「若い女性に未来を切り開いていって欲しい」という著者の思いが込められています。何度も押しつぶされそうになりながらも、リキは決して自暴自棄に陥りません。最後になって思いもよらない選択をするリキのたくましさには、未来を感じることができました。まだしばらく逆風は吹き続くのでしょうが、本書は決して、紹介文にあるような「ノンストップ・ディストピア小説」ではないのです。

 

2023/9