りぼんの読書ノート

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ウルフ・ホール 下(ヒラリー・マンテル)

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ヘンリー8世の側近として英国宗教改革の法律的な礎を築いたトマス・クロムウェルの活躍は、下巻に入って加速していきます。クロムウェルが中心になって成立させた宗教改革法案(上告禁止法と国王至上法)では、イングランド教皇庁から独立した帝国であることが高らかに宣言されました。教皇ではなく国王に従うことになった英国教会は、ヘンリー8世とキャサリン王妃との結婚無効を認め、アン・ブーリンはついに正式な王妃となることができたのです。

 

国宗教改革に反対の立場を貫いて大法官の職を辞したトマス・モアとの対決が、物語のハイライトです。エラスムスと親交が深く、共産主義理想社会を描いた著作『ユートピア』で人間の理性を信じ、後に殉教者として列聖されるトマス・モアが高潔な人物であることは、間違いないのでしょう。そんな人格者を斬首刑に処したクロムウェルは、これまで、王に媚びる残忍な人物として描かれることが多かったのです。両者の論戦と心情描写を描いた章は、著者が最も注力した個所だったように読み取れます。

 

ヘンリー8世を6年間じらし続けた末に王妃の座を手に入れたアンでしたが、夫の愛は急速に冷めていったようです。待望の出産で得たのは女児のエリザベスにすぎず、男児は流産。やがてヘンリー8世の心はアンの侍女であるジェーン・シーモアへと移っていくのですが、本書は王が「ウルフ・ホール」と呼ばれるシーモア家の居城を訪れる直前で終わっています。著者は本書のタイトルについて、「ヘンリー8世の宮廷全体が、近親相関と弱肉強食がはびこる狼の館だから」と語っていますが、もちろんそれだけではありませんよね。ジェーン・シーモアこそ、家族に恵まれなかったクロムウェルが、妻の死後に唯一愛した相手という説もあるのですから。

 

本書は3部作の第1部であり、第2部『罪人を召し出せ』は既に邦訳も出版されているので、登場人物を忘れないうちに読んでみるつもりです。なお平民であったクロムウェルは、クロムウェル男爵とエセックス伯という2つの爵位を得ることになりますが、後に処刑を前にして全爵位を剥奪されています。それでも男爵位は息子グレゴリーの家系に継承されました。ちなみに本書の時代から100年後に清教徒革命の指導者となったオリバー・クロムウェルは、トマスの時代にジェントリとなった姉キャサリンの曾孫だそうです。

 

2021/4