ヘンリー8世の時代を、秘書官として裏から支えたトマス・クロムウェルの視点から描くシリーズの第2作。前作『ウルフ・ホール』ではアン・ブーリンの王妃即位とエリザべス誕生までが扱われましたが、本書ではアンの凋落が描かれます。
イギリスの教会をローマ教皇庁から分離独立させるという大騒動を起こしてまでして、正式な妻に迎えた王妃アンへの寵愛は、わずか3年しか続きませんでした。ヘンリー8世の関心が、贅沢で権勢欲が強い上に王位継承者を産めなかったアンから移ってしまったのです。新しい相手は物静かでおとなしい侍女のジェーン・シーモア。
アン王妃誕生の立役者であったクロムウェルでしたが、彼は国王の望みを合法化して叶えた重臣にすぎません。凋落しつつあるアンと運命を共にするほど愚かではないのです。それどころか、彼の恩人であった故ウルジー枢機卿を讒言して罪に陥れたアンのことをはじめから恨んでいたのかもしれません。クロムウェルはアンの侍女や楽師たちからの証言を集め始めます。そしてついに運命の日が訪れるのでした。
これまで国王にへつらう官僚としてのイメージが強かったクロムウェルですが、このシリーズでは内政・外交・交渉に優れた才能を持ち、先を読む力を備えている人物であることが示されます。そして忠義に厚い人物であることも。病で死の床についたキャサリン前王妃に向かって「あなたが潔く身を引いていればキリスト教世界は分裂することなく、多くの人物を処刑することはなかった」とまで言い放ったのは、残されるメアリ王女のためを思ってのことでしたし、アン王妃の道連れとなった廷臣たちの逮捕劇の陰にはウルジー枢機卿への仇討ちという側面もあったのではないかとほのめかされます。
アン・ブーリンが処刑されたのは、男子の世継ぎを産めなかったからではありません。そもそもそんな罪など存在しないのですから。著者は、処刑の理由は王に対する反逆罪であったと言い切っています。姦通による不義の子を次の王位に立てるという計画が証拠をもって示せるならそれだけでも反逆罪でしょうし、さらには王の暗殺計画に関与しているとさえ疑われたというのですが、どうなのでしょう。
2度の王妃交代と、それに伴う権力構造の変化を乗り切ったクロムウェルでしたが、彼もその4年後に処刑されてしまうことを、私たちは史実として知っています。著者が第3部をどのように描いていくのか、大いに気になります。膨大な登場人物リストを忘れないうちに読みたいものですが、原書が昨年3月に英国で出版されたばかりなので、邦訳の出版はまだ先になりそうです。
2021/5