りぼんの読書ノート

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ウルフ・ホール 上(ヒラリー・マンテル)

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英国国教会を生み出し、次々と6人の妻を娶ったヘンリー8世の時代は、小説や映画の題材に取り上げられることが多いのです。近年では『ブーリン家の姉妹(フィリッパ・グレゴリー)』がヒットしています。

 

本書の主人公は、ヘンリー8世に側近として仕えて英国宗教改革の法律的な礎を築いたトマス・クロムウェルですが、その功績と比べて知名度はあまり高くありません。彼が平民出身であることが、その理由なのでしょう。王や貴族の物語の中では、平民はいかに優秀であっても奉仕するだけの存在でしかないのです。『ブーリン家の姉妹』でも、ほとんど印象に残っていません。

 

トマス・クロムウェルの前半生は謎であり、本書でもあまり語られていません。粗暴な鍛冶屋の息子として生まれ、父親のDVを逃れるために15歳で軍に入り、青年期をフランスやイタリアで過ごして外国語や法学を身に着け、30歳で帰国すると宮廷の大法官として権勢を振るったウルジー枢機卿に仕えて頭角を現していきます。

 

当時の大問題はもちろん、ヘンリー8世の離婚問題。アン・ブーリンに惹かれた国王は、20年間連れ添ったスペイン皇女キャサリン・オブ・アラゴンとの結婚を無効とする特免状をローマ法王から得ようとしていました。その工作に失敗したウルジーは国王の激怒を受けて失脚し、全財産と官位を没収されて引退させられた後に病死。没落した枢機卿を最後まで支え続けたのがクロムウェルだったのですが、その有能さと忠節が政敵であったノーフォーク卿に評価されるのだから、人生はわからないもの。やがてヘンリー8世からも評価され、信頼を勝ち得て下院議員から閣僚へと出世を重ねていくのでした。

 

このあたりまでが上巻なのですが、とにかく登場人物が多い作品です。7ページにも及ぶ人物紹介リストや、見開きの王室相関図に何度も立ち戻りながら読むことになったのですが、物語はスリリングで面白い。登場人物たちの個性を際立たせるエピソードの選択や叙述も巧みであり、次第に引き込まれていくのは間違いないでしょう。2009年度のブッカー賞や全米批評家協会賞を受賞しただけのことはあります。下巻ではいよいよ、クロムウェルの縦横無尽の活躍が描かれていきます。

 

2021/4