養父カエサルを継いで地中海世界を統一し、ローマ帝国初代皇帝となったオクタウィウスに贈られた尊称がアウグストゥス。偉大な名前と若い友人たちしか持っていなかった18歳の青年はどのようにして、カエサルの仇である共和派のキケロやブルトゥスや、カエサルの後継者を自認する軍人アントニウスらを排除してローマ帝国の基礎を築くことができたのでしょう。そしてひとり娘ユリアに翻弄された後半生の後に、死期を悟った老帝は何を思うでしょう。著者の創作とは思えないほど真に迫ったラストの述懐のために費やされた、格調高い名文を存分に味わえる古典派的な名作です。
2.ウルフ・ホール 上下(ヒラリー・マンテル)
ヘンリー8世の側近として国王の離婚問題に対処し、英国宗教改革の法律的な礎を築いたトマス・クロムウェルの知名度があまり高くないのは、彼が平民出身であることが理由なのでしょうか。失脚したウルジー枢機卿に最後まで仕えたクロムウェルが、貴族たちからの蔑みに耐えながらも実績を積み上げていき、王の信頼を勝ち得ていく過程は、有能な官僚のサクセスストーリーにとどまりません。全3部の大著ですが、アン・ブーリンの王妃戴冠までを描いた第1部では、大法官トマス・モアとの対決がハイライトになります
3レンブラントの身震い(マーカス・デュ・ソートイ)
イギリス王立協会フェローとして啓蒙活動に熱心な著者が、素数論(『素数の音楽』)、群論(『シンメトリーの地図帳』)、知の最前線(『知の果てへの旅』)に次いでテーマにあげたのは、AI進化の最前線でした。深層学習によってボトムアップのアルゴリズムを可能としたAIは、「創造性」において人間を脅かしつつあるのでしょうか。AIが創造力を発揮するには、人間と共感しあうためのストーリーが重要であるとの結論に至る、事実探求と推論の過程が見事です。
【次点】
・密林の夢(アン・パチェット)
・偉大なる時のモザイク(カルミネ・アバーテ)
【その他今月読んだ本】
・盤上の向日葵(柚月裕子)
・櫂(宮尾登美子)
・ムジカ・マキーナ(高野史緒)
・黒魚都市(サム・J・ミラー)
・あきない世傳 金と銀8 瀑布篇(高田郁)
・マルドゥック・ストーリーズ 公式二次創作集(冲方丁)
・うどんキツネつきの(高山羽根子)
・流人道中記(浅田次郎)
・陽暉楼(宮尾登美子)
・江戸の夢びらき(松井今朝子)
・仏像破壊の日本史(古川順弘)
・かきあげ家族(中島たい子)
・夢も定かに(澤田瞳子)
・架空の王国(高野史緒)
・寒椿(宮尾登美子)
・スミソン氏の遺骨(リチャード・T・コンロイ)
2021/4/30