1.日本文学全集4・5・6 源氏物語 上中下(池澤夏樹編/角田光代訳)
角田さんは『源氏物語』の現代語訳に際して、まず読みやすさを優先したとのことです。原典で大幅に省略されている人称代名詞を丁寧に書き込み、「作者の声」を本文とは異なる語調で記述してくれたおかげで、「物語世界を駆け抜けるみたいに」一気読みできる作品に仕上がりました。シリーズ編者の池澤夏樹さんによる「現代語に訳すとは、モダニズムに仕立て直すとは、こういうことである」との解説には、全く同感です。一気読みできたことで、この物語の真の主人公が紫の上であったということに思い至った次第です。あくまでも個人的な感想ですが。
2. 昨日がなければ明日もない(宮部みゆき)
児童書の編集者から企業の広報室勤務を経て私立探偵となった杉村三郎を主人公として、人々の意識の底に潜む悪意を暴き出すシリーズも、本書で5冊めになりました。本書には「結婚」をテーマとする中編が3作収録されていますが、それまで他人同士であった男女が家族になるというイベントには、さまざまな形の闇も潜んでいることがあるのでしょう。数多くの作品を執筆し続けている著者ですが、現代を舞台とする小説はこのシリーズだけに絞っているようです。
3. アメリカーナ(チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ)
初期の短編である『アメリカにいる、きみ』をもとにして大河ラブロマンスに仕立て上げた作品であり、祖国ナイジェリアと大学時代をすごしたアメリカを往来しながら作品を書き続けている著者独特の世界観が、ストレートに伝わってきます。本書で綴られるのは、不正が横行するナイジェリア社会への批判であり、アメリカに渡ったナイジェリア人が経験するさまざまな不都合や恩恵であり、非アメリカ人の黒人であるからこそ見えるアメリカの差別意識の実態です。欺瞞や虚飾を剥ぎ取ってしまうと、アメリカとナイジェリアという対極にある社会の本質も、それほど異なっていないのかもしれないと思えてくるから不思議なもの。そういったことを背景に展開されるラブロマンスという、贅沢な作品でした。
【その他今月読んだ本】
・希望(ホープ)のいる町(ジョーン・バウアー)
・祝祭と予感(恩田陸)
・ある晴れた日に、墓じまい(堀川アサコ)
・御社のチャラ男(絲山秋子)
・巣窟の祭典(フアン・パブロ・ビジャロボス)
・中島ハルコの恋愛相談室(林真理子)
・ハンガーゲーム0上(スーザン・コリンズ)
・ハンガーゲーム0下(スーザン・コリンズ)
・たゆたえども沈まず(原田マハ)
・鬼龍院花子の生涯(宮尾登美子)
・フォックスファイア(ジョイス・キャロル・オーツ)
・赤い星(高野史緒)
・象使いティンの戦争(シンシア・カドハタ)
・桜小町 宮中の花(篠綾子)
・アンダルシアの農園ぐらし(クリス・スチュアート)
2021/7/31