1.大統領の秘密の娘(バーバラ・チェイス=リボウ)
アメリカ独立宣言の起草者としても有名な第3代アメリカ合衆国大統領トマス・ジェファソンには、黒人奴隷の愛人に産ませた混血の子供たちがいたといいます。大統領選挙中にスキャンダルとして攻撃されたものの無視され、長らく忘れられていましたが、近年になってDNA鑑定によって事実認定されたとのこと。白人としての外見を有しながら法的には黒人である娘ハリエットの生涯をフィクションとして描いた本書によって、著者は魅力的な人物を創造しました。白人社会への逃亡を果たしながら生涯に渡って人種問題に苦悩した主人公の存在が、人種間に架空の境界線を引いたことの矛盾を強く指摘しています。
2.クララとお日さま(カズオ・イシグロ)
子供の愛玩用に開発された人工フレンドのクララの視点から歪んだ人類社会を俯瞰した本書は、「人間はもはや複製可能な存在なのか」という問いを投げかけています。人間の中にはデータ化できない特別なものがあるのでしょうか。クララは、それは個人の中にあるものではなく、その特定の個人を愛する人々の中にあるとの思いに至ります。最近聞いた中でも圧倒的に素晴らしい言葉だと思います。
3.わたしたちが光の速さで進めないなら(キム・チョヨプ)
韓国で人気急上昇中の20代リケジョ作家によるSF短編集です。今年1月にTV放送された「第2回世界SF作家会議」で知りました。「とうてい理解できない何かを理解しようとする物語が好き」と語る著者は、ユートピア的な未来においても存在するであろう社会的弱者に寄り添う視点を持っています。それなくしては、科学の発展は有害にならざるを得ないのです。
【次点】
・アイオーン(高野史緒)
・人之彼岸(郝景芳(ハオ・ジンファン))
・アメリカにいる、きみ(チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ)
・愉楽(閻連科(エン・レンカ))
【別格】
・一絃の琴(宮尾登美子)
【その他今月読んだ本】
・ウィトゲンシュタインの愛人(デイヴィッド・マークソン)
・天使も怪物も眠る夜(吉田篤弘)
・令嬢クリスティナ(ミルチャ・エリアーデ)
・いかさま師ノリス(クリストファー・イシャウッド)
・あしたの華姫(畠中恵)
・まことの華姫(畠中恵)
・大名倒産(浅田次郎)
・ポリー氏の人生(H・G・ウェルズ)
・高瀬庄左衛門御留書(砂原浩太朗)
・ラー(高野史緒)
・からころも(篠綾子)
・たまもかる(篠綾子)
・塵に訊け!(ジョン・ファンテ)
・如何様(高山羽根子)
2021/6/30