りぼんの読書ノート

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如何様(高山羽根子)

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敗戦後、戦地から復員した画家は本人なのでしょうか。完璧な書類を備え、以前と同様の画力を有しているのに、その男は出征前とは似ても似つかぬ姿をしていたのです。これは戦地で病を得たせいなのでしょうか。しかも時を置かずして男は失踪してしまったのです。彼と懇意にしていた美術系出版社の編集部員から調査を依頼された女性記者は、男が兵役中に嫁いだ妻、水商売の妾、画廊主、軍部の関係者らの証言を聴取するのですが、彼女がたどりついたのは男が贋作を得意としていたという事実だけでした。

 

著者の他の作品と同様に、本書もまた思考実験のような内容です。「人は、まったく同じものがふたつ以上あると、ひとつを本物、残りを偽物と決ないと落ち着かない生き物」なのでしょうか。そして本物を探し求めることに何の意味があるのでしょうか。そもそも量産品のように「まったく同じもの」が複数あるなら、どれかを本物として別のものを偽物と定めることが可能なのでしょうか。人間についてだけ真贋を判定できるというのは、人間の思い上がりなのかもしれません。そもそもそれにしたって、ごく親しい人たちにしか意味がないことなのでしょうし。

 

駅伝のコーチとして異郷に赴いた女性の物語であるラピード・レチェ」が併録されています。これもまた表題作とは別の形で「本当らしさ」を掘り下げた作品です。特殊な競技で特殊なケースに用いられる「無念の」「繰り上げ」「スタート」という言葉は、日本人だけが理解できるキラーフレーズなのですね。

 

2021/6