りぼんの読書ノート

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大統領の秘密の娘 第3部~第8部(バーバラ・チェイス=リボウ)

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アメリカ独立宣言の起草者であり第3代大統領のトマス・ジェファソンは、「建国の父」と呼ばれてアメリカ合衆国の理念を代表する人物のひとりです。本書は、そのジェファーソンに黒人の愛人と子供がいたという事実に触発されて書かれた作品です。主人公のハリエットは実在が確認されている人物ですが、その生涯は不明であり、本書の内容は全くのフィクションであることをまずお断りしておきましょう。

 

混血であるハリエットは、外見的には白人ですが法的には黒人にすぎません。父親ジェファーソンから解放を拒絶されたハリエットは、両親が住むヴァージニアの農場からフィラデルフィアへと逃亡して、白人女性として生き抜くことを決意します。彼女を真摯に愛する青年サンスと結婚して7人の子供を得ますが、ついに夫に出生の秘密を告白することはありませんでした。その代償でしょうか。彼女は黒人解放運動に強く肩入れして、南部の黒人を北部自由州へと逃亡させる「地下鉄道」にも関わっていました。

 

そんな欺瞞と緊張の中で営まれてきた彼女の生活を一変させたのが南北戦争です。リンカーンの開戦理由は南部諸州との連邦維持であったこと、奴隷解放令は黒人を北軍戦力に加えて南軍を弱体化させる軍事的目的のためであったこと、しかし戦争の過程で奴隷解放が勝利への手段から目的へと変貌していったことなどは、歴史書に譲りましょう。すでに60歳となっていたハリエットですが、親友のシャーロットとともに北軍の看護婦として従軍を決意します。そして彼女は法的にも自由人となったわけですが、戦争で2人の息子を失うという大きな代償を払うことにもなったのです。

 

そして本書のハイライトであるゲッティスバーグの演説の場面が訪れます。国立戦没者墓地の奉献式に参加してリンカーンの演説を聞いていたハリエットは、頭の中に父ジェファーソンの声を聴くのです。交互に記述されるリンカーンの演説とジェファーソンの独立宣言に、いかに共通点が多いことか。ジェファーソンの理念がリンカーンによって実現されたこと、さらにはジェファーソンの欺瞞が南北戦争で浄化されたことに複雑な思いを抱いたハリエットは、さめざめと涙するのです。

 

「歴史的真実のあいまいさに正当な解明を与えたものが小説である」と語る著者の、渾身の作品でした。自由と平等という素晴らしい理念のもとに建国されたアメリカ合衆国ですが、しょせんそれは白人にとってだけのもの。アメリカ原住民を敵とみなして排除し続け、先進国の中で最後まで奴隷制を温存したアメリカは、逆説めきますが移民国家であるが故にこそ純潔意識を必要としていたのでしょう。そのために「白人vs黒人」、「自由vs奴隷」という架空の境界線を引いたことが、今日に至るまでアメリカ社会を歪ませてしまったと思えるのです。ある種の人々にとってはアメリカの起源に黒人の影を認めることは苦痛でしょうが、事実の隠蔽はいっそうの歪みをもたらすめることにしかならないのです。

 

2021/6