りぼんの読書ノート

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ジャズ(トニ・モリスン)

アメリ黒人文学を代表する著者がノーベル文学賞受賞直前の1992年に刊行した作品は、黒人音楽に源を持つジャズのリズムで表現されているとのこと。「これを翻訳で表現するのは不可能に近い」のでしょうが、物語の流れが音楽的であることは理解できます。まるで楽器を変えるように視点人物が入れ替わりながら、「家族間の惨劇」という主旋律が少しずつ形を変えながら再現されていくのです。そしてその先には、見事に調和のとれたエンディングが待ち受けているのです。

 

まずは導入部。1920年代の冬のある日、50代の男性ジョーが、若い愛人だったドーカスを射殺するという事件が発生。黒人間で起きた事件には無関心の警察はジョーを放置しますが、ジョーの妻ヴァイオレットは死んだドーカスを激しく憎み、柩の中の死者に切りかかります。しかし彼女は次第に、夫に殺された女性のことを知りたいと思い始めるのでした。

 

そしてソロパートのようにジョー、ヴァイオレット、ドーカスが過去に負った心の傷が、相次いで奏でられていきます。母親に棄てられたのみならず、何度も母とおぼしき女性から拒まれ続けたジョー。白人から家も家財も奪われた衝撃で母が入水自殺をしたことが心の傷となっているヴァイオレット。両親が黒人暴動に巻き込まれて殺された過去を持つドーカス。それぞれに深い心の傷を負った主人公たちは、正常な愛しかたができない人間になってしまったのです。事件後も生き続けなくてはならないジョーとヴァイオレットの関係は、どうなってしまうのでしょう。

 

「シティ」としか表現されていませんが、物語の舞台はニューヨークです。南部の農場や都市とは異なって、華やかで自由な一方で、無知で貧しい者たちには厳しい大都会の姿は、物語の通奏低音となっているのでしょう。そしてそれは明らかに、同じ時期に同じ場所でフィッツジェラルドが見た「白人のニューヨーク」とは全く異なる音楽でした。

 

2024/4