りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

虫娘(井上荒野)

「樅木照(ひかる)はもう死んでいた」という衝撃的な書き出しですが、本書の語り手は死後も空中を彷徨う照の意識です。4月の雪の朝に、庭に積もった雪に裸で伏せて眠るように亡くなった照の死は、自殺だったのか、事故だったのか、それとも犯人がいるのか。本書は著者にしては珍しくミステリ仕立てで始まります。

 

主な登場人物は、生前はヌードモデルで生計を立てていた照を除いて5人います。彼女とシェアハウスで同居していた、イタリアン・レストランのオーナー・シェフである桜井竜二、売れない俳優である妹尾真人、フリーライターの碇みゆき、銀行員の鹿島葉子(銀行員)の4人に加えて、ハウスを管理する不動産屋の曳田揚一郎。皆いい年をした大人の男女なのですが、それぞれに執着するものを持ち、さまざまな不自由さを感じながら生きています。そして彼らは、照の死によって一層不自由になってしまったようです。

 

照もまた客観的に見れば不自由を抱えて生きていました。彼女が自由であったように見えたのは、虫のように何も感じず、何にも執着せずに生きていたから。「平気でいるには平気でいよう」と決めてしまったから。それでも照の自由さは、不自由な人々の嫉妬の的になってしまったようです。最終的に照の死因は解明されるのですが、何もすっきりしないままに物語は終わってしまいます。何にも執着しないことは果たして自由なのか。それは人間らしく生きているといえるものなのか。そんな問いかけこそが、本書の主題なのでしょう。

 

2024/5