りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ユートロニカのこちら側(小川哲)

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2015年度の第3回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作です。2017年に出版されたゲームの王国が素晴らしい作品でしたので、こちらも読んでみました。

AIが管理する特別地区が試験的に誕生した近未来。そこは住民が個人情報への無制限アクセスを許す代わりに、高水準の生活が無償で保証されている理想の街。しかしそこでの「幸福な」暮しには光と影があったのです。

たちどころに適応した妻と対照的に、「背後霊」につきまとわれる感覚を拭えず、精神に不調をきたす夫。幼少時に暮らしていた町全体が試験的にデータ提供していたことを知り、過去を追体験いて不思議な感覚に襲われた男。潜在的に犯罪性向を有すると判断されて街から強制退去させられた男は、皮肉なことにそのシステム開発に携わった者だったのです。そして反体制的な家系に育った日本人女性が、街に内部ある大学で、テロを画策するのですが・・。

本書のテーマは「自由意志とは何か」ということに尽きるのでしょう。自ら進んで管理社会に個人情報を提供し、管理社会に適合した人間の自由意志とは、何を意味しているのでしょう。著者は「自由とは不自由という堅固な牢獄からの脱獄」であり、「意識とは脳に負荷のかかっている状態」と定義しています。高度情報管理社会とは、「永遠の静寂」をもたらす「エントロピー平衡」に向かうものなのでしょうか。実際問題としては、どのような社会においても「不自由」を感じ取って「自由」を志向する者が絶えることはないと思うのですが。

2019/4