第1短編集『あなたの人生の物語』以来17年ぶりの第2短編集というから、寡作にもほどがあります。しかし2年に1編程度のペースで短編を発表していたにもかかわらず、彼の作品は多くのSF賞を受賞し、映画化されてヒットし、オバマ前大統領から推薦されるほどの人気を博しています、しかも扱われているテーマも多彩なのです。
「商人と錬金術師の門」
著者は「タイムトラベルものが持つ再帰的な性質は、物語の中で物語が語られる『アラビアンナイト』の叙述とフィットするのではないか」と閃いたとのことです。過去は変えられなくても、悲しみを癒せるのでしょうか。
「息吹」
全ての生命活動はエントロピーを放出している以上、宇宙の熱的死は避け得ないものなのでしょう。たとえその生命体が非人類やロボットであったとしても。
「予期される未来」
ショートショートです。未来決定論と自由意志というのは永遠のテーマですね。
「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」
AIの教育を担当することになった元飼育係の女性は、AIに感情移入していき、やがては相互依存状態に陥ってしまいます。AIと人間のどちらの寿命が長いかは問題ではないのです。
「デイシー式全自動ナニー」
子育てにおいて、愛情とは危険な道具なのでしょうか。実験的な作品です。
「偽りのない事実、偽りのない気持ち」
全ての行動や発言や経験が外部装置に記憶される社会においては、人間の記憶のあやふやさに起因する浄化や許しは失われてしまうのでしょうか。文字による記録がある種の文明社会を一掃してしまったように。
「大いなる沈黙」
非人類知的生命体の声を聴くために宇宙のかなたを探査する必要などないのかもしれません。しかし人類が彼らの声に気付く前に、そのオームたちは絶滅してしまいそうです。
「オムファロス」
造物主による「若い地球創造説」が真理であると証明されている世界において、信仰を揺るがす発見とはどのようなものなのでしょう。造物主が宇宙の中心に置いた存在が人類ではなかったという発見ほど恐ろしいものはないはずです。
「不安は自由のめまい」
量子力学によって説明されるパラレルワールドものの中でもユニークな作品です。この時間線における過去は変えられないけれど、別の時間線の自分と対話できるとしたら、人はそこに何を見出すのでしょうか。「よりよいバージョンのわたし」を実現しようとする人は少数派なのでしょうか。
2021/11