著者が作り上げる独特の優しい世界は、必ずしもサキの短編のような結末を必要とはしていないのですが、表題作のエンディングは素敵です。
「サキの忘れ物」
バイト先の喫茶店で客が忘れていった1冊の本が、これまで本を読み通すことができなかった女性の人生を変えていきます。そして彼女と客との再会は、ほろ苦くも心温まるものでした。『院内カフェ』の続編かと思ってしまったのですが、そちらは中島たい子さんの作品でした。
「王国」
少女の想像の王国はどこにでも見いだされるもののようです。視界の片隅にも、傷口の中にも。
「ペチュニアフォールを知る二十の名所」
ブラックユーモアに満ちたファンタジーですね。あからさまな悲劇の痕跡であっても、人は易々と見逃してしまうものなのでしょうか。
「喫茶店の周波数」
お気に入りの喫茶店が閉店となる最終日には、お気に入りだった常連客と出会いたいものです。たとえ相手が自分のことを知らなくても。
「Sさんの再訪」
大学卒業後25年も合わずに忘れかけていた旧友からの連絡が思い出させてくれたもの。それは同級生だった夫との、欺瞞に満ちていた生活だったのです。
「行列」
人気の「あれ」を見るために12時間待ちの行列に並んだ女性は、そこでさまざまな人間模様を見てしまいます。でも同じくらい素晴らしいものは他にもありそうです。
「河川敷のガゼル」
河川敷に現れたガゼルが引き起こした狂騒曲。ガゼルを保護するために雇われた警備員は、ガゼルの幸福を祈るのですが・・。
「真夜中をさまようゲームブック」
ゲーム感覚で62のパラグラフを行きかう実験小説でしたが、私の場合は意味がつながる物語になりませんでした。
「隣のビル」
上司に叱責された腹いせで、いつも眺めていた隣のビルの屋上に飛び降りてしまった女性社員は、運が良かったのですね。これなら「あいつに傷つけられない」ところへ行けるかもしれません。
2021/11