りぼんの読書ノート

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姉の島(村田喜代子)

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『飛族』の舞台である「朝鮮との国境近くの島」とは別の島なのでしょうが、本書の舞台も五島列島の端の方のようです。年老いた海女が「この世とあの世の境界」を超えるような体験をする点も共通しています。しかし本書は、国家と戦争についてもう少し踏み込んだ作品となっています。

 

この島には85歳まで海女をやりきった老女に「倍暦」が与えられ、170歳と数えられることになるとの風趣が残っていました。倍暦をもらった海女は「姉さん」と呼ばれ、その後は春と秋の彼岸に1歳ずつ、年に2歳加算されていくことになります。この風習は、神功皇后三韓征伐の際に水先案内をした海女に倍暦を与えたことが始まりだとのこと。現在は新米の倍暦海女である語り手のミツルを含めて、4人の姉さんが健在です。

 

この島の海女たちが潜る海は古代の遣唐船から太平洋戦争の軍船に至るまでの沈船の墓場であり、年老いた海女たちは誰でも「船幽霊」に出逢った経験を持っています。船幽霊にすがりつかれると意識を失って窒息死してしまうため、海女たちは決して一人では潜りません。しかし後進の海女たちのために、海産物や沈没船の海図を作成しようとするミツルたちは、海底に墓標のように突き刺さっているという2隻の潜水艦に惹かれていくのでした。

 

それと対照的なモチーフとして、生命の誕生も描かれます。水産大学を卒業して海女となり、ミツルの孫の嫁となった美歌が妊娠して「赤子が降りてくる」のです。もっとも美歌がプロポーズされたのは、カムチャッカ半島から東南に伸びていく「天皇海山列」の上であり、若い世代の者たちのエピソードも、決して国家と戦争という範疇の外にあるわけではありません。古代からの天皇の名前が順不同に海山につけられている場所があるとは知りませんでした。しかも命名者はアメリカの地学者というのですから驚きです。

 

ともあれ、赤子が「降りてくる」ものである以上、死者は「昇っていく」必要があるのです。このあたりは老女が鳥になって羽ばたこうとする『飛族』と共通する概念ですね。しかし深い海の底に沈んでいくことは、雲間を漂って上空へ昇っていくこととと同じことなのかもしれません。著者は若いころから老女を描くのが得意でしたが、サバイバーとして75歳を迎え、ますます絶好調のようです。

 

2021/11