りぼんの読書ノート

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約束された移動(小川洋子)

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街の片隅でつましく生きている人々も、豊穣で魔術的な人生を楽しんでいるのかもしれません。著者独特の静謐な物語世界が詰まった作品です。

 

「約束された移動」

ホテルのロイヤルスイートを担当する客室係の女性は、有名なハリウッド俳優が滞在するたびにリビングの壁一面を覆うたくさんの書物から、必ず1冊だけ持ち去られていることに気づきます。それは必ず移動をテーマとする作品でした。『エレンディラ』、『闇の奥』、『インド夜想曲』、『長距離走者の孤独』、『夜間飛行』、そして『怒りの葡萄』。俳優と同じ本を読み続けた客室係は、俳優が老いて落ちぶれた後も、彼は転落したのではなく行き着くべき場所に向かって移動し続けていると信じているのです。

 

「ダイアナとバーバラ」

市民病院のロビーで案内係をしているバーバラの極意は、余計なエネルギーを使うことなく誰に対してもいい印象を与えることであり、それは英国王室の方法と同じだというのです。彼女の唯一の趣味は、ダイアナ妃のファッションを真似て作った服を着て外出することでした。安物の材料で作った服は、年齢にも体系にも顔つきにも似合わないのですが。

 

「元迷子係の黒目」

少女の一家の裏屋に住む老女は、何度聞いても覚えられないほど遠い関係の親戚です。デパートの元迷子係の老女は、両親に叱られて感情を持て余した少女の心を、迷い道から連れ戻します。彼女が連れ戻せなかったのは、遠い昔に死産した自分の子供だけ・・。

 

「寄生」

彼女にプロポーズする覚悟を決めて高級レストランに向かった青年は、全身毛糸で覆われた老女にしがみつかれてしまいます。彼を息子と言い、父親とも言う老女は、なぜそんなことをしているのでしょう。彼女のを引き離せないのは、元編み物教師だったという老女の熟練の技が生み出した毛糸製品の威力のようですが

 

「黒子羊はどこへ」

座礁船から流れ着いた2頭の羊から生まれたのは、黒い子羊でした。子羊を預かった寡婦の家は、子羊を見に来る子供たちで溢れ、やがてそこは託児所になっていきます。そして子羊にも、老いた寡婦にも「ある日」は訪れるのでした。

 

「巨人の接待」

バルカン半島の小国の地域語しか解さない巨人の作家が来日。代役で通訳を務める若い女性は緊張しますが、巨人作家は公の場ではほとんど話さないのです。もはや彼女の仕事は通訳ではなく捏造に近いのですが、プライベートでは優しい言葉で話す巨人は、それでいいと言うのでした。

 

2020/10