りぼんの読書ノート

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とんがりモミの木の郷(セアラ・オーン・ジュエット)

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本書を訳した河島弘美さんが巻末の解説で「これまで日本ではあまり知られていない作家」と紹介していますが、私もはじめて聞く名前でした。19世紀末から20世紀初めのアメリカで、故郷のメイン州を舞台とする普通の人々の暮らしを描き続けた女性であり、ヘンリー・ジェイムズキプリングからも高く評価されているとのことでが、一読して納得。「人生っていいな」と感じさせてくれる作品が詰まった短編集でした。 

 

表題作「とんがりモミの木の郷」は中編で、作者本人を思わせる女性がメイン州の架空の港町でひと夏を過ごす物語。世話焼きな老婦人ミセス・トッドの家に部屋を借りて、この町の魅力的な人物と知り合ったり、過去の物語を見聞していきます。超自然的な話を語る元船長や、息子と島でつつましく暮らす老未亡人や、亡き妻の思い出に生きる老人や、過去に失恋の末に孤島に引きこもって生涯を過ごした女性たちの物語が、淡々と、しかし生き生きと描かれます。 

 

「シラサギ」では9歳の少女が、鳥の剥製を作るために町から来た青年に惹かれながらも、秘密の巣の場所は教えられないと決心します。揺れ動く少女の気持ちがいとおしい。生と死について考えさせられる「ミス・テンピーの通夜」、ひとり暮らしの老女を姪と同居するように説得する「シンシーおばさん」、40年ぶりに旧友と再会する「マーサの大事な人」も素晴らしいのですが、一番印象に残ったのは「ベッツィーの失踪」でした。 

 

救貧院で暮らす69歳の老女が、元雇い主の孫娘からもらったお金で、フィラデルフィアで開催中の「建国百周年記念博覧会」にこっそり出かけるのです。著者は26歳の時にこの博覧会を訪れたとのことですが、見聞を広めることの喜びは、少女であっても老人であっても変わりありません。帰ってきた老女は、キラキラと輝いているのです。 

 

2020/1