りぼんの読書ノート

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入江のほとり(キャサリン・マンスフィールド)

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2017年にエクスリブリス・クラシックスとして出版された『不機嫌な女たち』で知った作家です。1888年にニュージーランドに生まれ、10代の時にロンドン留学。20歳の時にいったん帰国したものの、両親の反対を押し切って再びロンドンに渡航。そこで結婚して創作活動を始め、35歳の若さで亡くなるまでに約90編の短編を残した作家です。『不機嫌な女たち』では女性差別階級意識に関する怒りが強く伝わってきましたが、1976年に刊行された本書では怒りはオブラートに包まれており、人物描写に重点を置いた作品が多い印象です。

 

表題作の「入江のほとり」は、ニュージーランドのクレセント湾を舞台として、羊飼いの老人と老犬が羊たちを散歩させる早朝の場面から始まり、3人の小さい女の子を持つ夫婦の微妙な関係や妻の妹の焦燥を、住民たちとの触れ合いを通して断片的に描写した作品です。妻の妹が不倫をしそうな場面で突然カットされてしまい、読者は欲求不満に終わりますが、この作品には著者が描く人々の類型が詰まっているようです。

 

「見知らぬ人」や「理想的な家庭」で描かれたすれ違う夫婦の感情は、表題作に登場するスタンレー・バーネル夫妻と共通しており、翻訳者によと著者の両親がモデルであるとのこと。となると「六ペンス銀貨」と「サンとムーン」に出てくる我儘な子供たちのモデルは著者自身の子供時代だろうし、「鳩夫婦」の男女の幼い恋愛が始まろうとする物語もまた、著者自身の恋愛をモデルとしているように思えてきます。

 

婚約者に捨てられることを恐れている「音楽の授業」のメドウズ先生や、世間知らずのまま年をとってしまった「亡き大佐の娘たち」や、孤独感を募らせる「ブリル嬢」や、孤独死を恐れる「誤配」の老女は、表題作の妻の妹が恐れていたオールドミスとなってしまった女性たちの物語です。そして最後には誰でも「パーカーおばあさん」のように孤独に死を見つめることになるのでしょう。たとえ結婚して多くの子供たちを授かった人物であっても。

 

こう概括してみると、ニュージーランドを舞台とする物語が多いことに気づかされます。著者にとって、自ら捨て去った故国で過ごした幼年・少女時代が貴重な財産であったことが理解できるのです。

 

2021/6