りぼんの読書ノート

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わたしたちが光の速さで進めないなら(キム・チョヨプ)

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韓国で人気急上昇中の20代リケジョ作家によるSF短編集。今年1月にTV放送された「第2回世界SF作家会議」で知りました。「とうてい理解できない何かを理解しようとする物語が好き」と語る著者は、ユートピア的な未来においても存在するであろう社会的弱者に寄り添う視点を持っています。

 

「巡礼者たちはなぜ帰らない」

少女が育った村の成人になるための通過儀礼は「始まりの地」である地球へと巡礼することでした。しかし必ず忘れられてしまう非帰還者の存在に疑問を持った少女は、村の始祖であるリリーとオリーブの物語を調べ始めます。彼女が知ったのは、自ら創造したバイオ技術によって、完璧な新人類のユートピアとなった地球に絶望した科学者リリーの物語でした。韓国で顕著なルッキズムへの批判も含まれているようです。

 

スペクトラム

宇宙探索中に失踪して40年ぶりに救助された女性生物学者は、彼女を助けてくれた知的生命体の物語を孫娘だけに語ります。祖母は、色彩という形で他者に関する驚きと関心を記憶する、美しくもか弱い生命体が棲む星を、人類に発見されたくなかったのですね。。

 

「共生仮説」

ヒトは本質的に野蛮で利己的な種族なのかもしれません。新生児に愛、倫理、利他心などを教えてくれるのは、幼児期にだけヒトの脳内に共生する、既に滅んだ惑星から訪れた知的生命体なのです。著者が一番楽しく書いたという、人類と地球外生命体との幸福なコンタクトを描いた作品です。

 

「わたしたちが光の速さで進めないなら」

宇宙開拓時代に人口睡眠を研究し、夫と子供を遠い惑星に送り出した女性科学者は、すぐに家族の後を追うはずでした。しかしワームホールの発見によって、ルートから外れた惑星へ行く便は絶たれてしまったのです。廃棄された宇宙ステーションでずっと宇宙船を待ち続けた老女は、ついに旧式のシャトルでステーションを発っていきます。科学の発展は孤独の総量を増やしていくだけなのかもしれません。

 

「感情の物性」

人の感情に影響を与えるソープやパッチは、ただの似非科学の産物なのでしょうか。それにしても「幸福」や「落ち着き」や「集中」というポジティブな感情だけでなく、「恐怖」や「憂鬱」や「憤怒」というネガティブな感情を与える製品が売れ筋であるのは、どういうことなのでしょう。

 

「館内紛失」

図書館の中で亡くなった本は見つかりにくいそうです。亡くなった人の心をデータで保存した図書館から、なぜ母の心を呼び出すインデックスは消えてしまったのでしょう。産後鬱病が原因で子供に執着しすぎた母を嫌っていた娘は、自分が出産する立場になってはじめて、母の想いを確かめようとするのですが・・。

 

「わたしのスペースヒーローについて」

出産を経た高齢の東洋人シングルマザーでありながら、深宇宙への旅に備えて身体をサイボーグ化する宇宙飛行士に選抜された叔母。彼女に憧れて次世代の宇宙飛行士となった女性は、叔母が亡くなったとされる宇宙船事故の真相を知らされます。叔母はマイノリティーの英雄にのしかかる過度の期待や非難の犠牲になったのでしょうか。それともそんな余計なものをさらりと脱ぎ捨てたのでしょうか。しかし第1世代が道を切り開いてくれたおかげで、次の世代は先に進めるのです。

 

2021/6