りぼんの読書ノート

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春(アリ・スミス)

イギリスのEU離脱を背景に描かれる「四季四部作」の第3作にあたります。とはいえ本書は、療養施設で眠り続ける老人と彼を見舞う若い女性美術史の対話を描いた『秋』とも、移民女性が老女の凍った心を溶かしていく『冬』とも直接の関りはなさそうです。各巻の登場人物たちが一堂に会するという完結編『夏』で、全ての謎が明かされるのでしょう。

 

本書の第1編は、老いたテレビ映画監督のリチャードの物語。長年の相棒だった女性脚本家パディを病で失った絶望から、突然仕事を投げ出して北へと向かう列車に乗りこみます。第2編は移民収容施設の監督官として働くブリタニーの物語。収容者の処遇に疑問を感じながらも仕事を辞められないブリタニーは、施設に自由に出入りしているという伝説の少女フローレンスと出会い、彼女を追って北へと向かいます。彼らはスコットランドの片田舎で出会い、フローレンスを迎えに来ていたらしい地元女性のトラックに乗るのですが・・。

 

リチャードとブリタニーが抱える問題は奥深いけれどもわかりやすい。謎めいた少女フローレンスは、物語の中においても実在が疑われるほどですが、最後になって彼女の正体や目的も判明します。本書のテーマは2冊の既刊よりも明快に示されていて、4部作を貫く思想が見えてきたようにも思えます。本書の物語の舞台となるのが、スコットランド高地地方であるのも象徴的ですね。ここは最後の反イングランド蜂起の戦場であり、敗れたスコットランドが独自の文化を禁止され強制退去を強いられることになった、いわくつきの場所なのです。

 

パディの精神的支柱となっていたキャサリン・・マンスフィールドの物語や、象徴的に紹介される女性アーティスト、タシタ・ディーンの実験的プロジェクトなど、「余談」である部分までもが丹念に書き込まれた完成度の高い作品と言えるでしょう。

 

2022/8