りぼんの読書ノート

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首里の馬(高山羽根子)

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「記録すること」や「保存すること」は、基本的に孤独な作業なのでしょうか。順さんという老女の民俗学者が収集した雑多な記録を保存している資料館は、彼女の生とともにその役割を終えようとしています。中学生の頃からそこで資料整理を手伝っている未名子は、この島の情報をできる限り守りたいとの思いから、データ化した資料をいずこかへと送ることになるのです。

 

本書は 未名子がその決意に至るまでの物語ですが、不思議なことがたくさん詰まっています。まずは彼女の妖しい仕事。雑居ビルの一室にあるパソコンから、遠方にいると思しき孤独な回答者たちにクイズを出して雑談をするという仕事は、なんのために存在しているのでしょう。そして彼女が「ヒコーキ」と名付けることになるた宮古馬(ナークー)の存在。ダブル台風が襲来した翌朝、庭にうずくまっていた沖縄在来の小型馬は、すでに失われた沖縄競馬の生き残りなのでしょうか。

 

未名子は「そのときいる場所がどんなふうでも、一匹だけで受け止めているような」態度をとっている馬に惹かれてしまいます。そして一度は警察に届けた馬を洞窟に隠し、妖しい仕事を辞める決意をして、回答者たちにデータを送るのでした。未名子が個人的な依頼をすることで、回答者たちも個人的な事情を語りだします。そして彼らがいる場所がそれぞれ、宇宙船、深海艇、地下シェルターであることも。

 

本書が執筆された直後に世界がコロナ禍に襲われたことが、象徴的に思えます。密な接触を禁じられて分断された人々は、今まで以上に経験を共有することに価値を見出しているようです。そんな世界の中では、共有されることのない経験や記録は無意味にも思えてきますが、それらは消え去ってしまってよいものなのでしょうか。「できる限りすべての情報が、いつか全世界の真実と接続するように」との願いが叶うまでは、孤独な作業が報われることはありませんが、この不思議な物語の中には、何かのヒントが潜んでいるようにも思えるのです。2020年7月の芥川賞受賞作です。

 

2021/5