りぼんの読書ノート

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はい、チーズ(カート・ヴォネガット)

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20世紀後半に活躍した作家ヴィネガットの未発表作品集です。SF作家として分類されることも多い著者ですが、本人はそのようなレッテル張りを嫌っていたとのこと。本書の収録作品でも、SF的テイストが味わえるものは数作にすぎません。 

 

「耳の中の親友」 

耳の中にセットして常に自分を励ましてくれる存在など、AIによってもう実現していそうです。でも聞き方によっては悪魔のささやきでしかありません。 

 

「FUBAR」 

孤独な職場を天国に変えてくれるものは、結局のところ心の持ちようでしかないのかもしれません。この話のように美人の秘書が登場すれれば申し分ないのですが。 

 

「ヒポクリッツ・ジャンクション」 

他人の実名を出して小説にしてしまうのは、まずいですよね。たとえそれが自分の夫であっても。 

 

エドルーピーの会員制クラブ」 

権力者が支配する町では、いつの間にか犯罪者に仕立て上げられてもおかしくありません。でもそれを超える絶対的な正義もあって欲しいものです。 

 

「セルマに捧げる歌」 

IQと体重を間違えるなんて恥ずかしいけれど、そのおかげで自信を取り戻した者もいるのです。そもそもIQなどは信を置けないものだと思っていますが。 

 

「ナイス・リトル・ピープル」 

これは小さな宇宙人とのファーストコンタクト物語なのでしょうか。それとも狂気に陥った者の妄想なのでしょうか。解釈は読者次第のようです。 

 

「ハロー、レッド」 

故郷に戻った男は、別れた恋人が結婚して他界してしまったことを知ります。彼女が遺した赤毛の娘は男の実子なのでしょうか。そして彼は娘を取り戻すことができるのでしょうか。「これぞ短篇」と思わされるほどに切れ味鋭い作品です。 

 

「新聞少年の名誉」 

尊敬する父親が弱虫だったと知らされた少年の衝撃を和らげるものは、父親は弱虫でも勇気を振り絞れる人間だという事実でした。世間には余計なことをいう人がいるものです。 

 

「はい、チーズ」 

バーで出会った正体不明の男は、罪を問われずに殺人を犯す方法を話し出します。しかしそれは恐ろしい罠でした。言葉巧みにおいしい話を持ち掛ける相手など信用してはいけません。現代では特に。 

 

「この宇宙の王と女王」 

富豪の親を持つ男女が「一夜の経験で大人になった」と言っても、セクシーな話ではありません。2人はその晩、人生の深さに触れる経験をしたのです。本書の中で一番好きな作品でした。 

 

他には、旧ソ連全体主義を皮肉った「化石の蟻」、催眠術師が自分が仕掛けた罠にはまる「鏡の間」、バリトン歌手を主人公にした皮肉なロマンス「小さな水の一滴」、不妊クリニックを題材にしたブラックな「説明上手」が含まれています。 

 

2020/2