りぼんの読書ノート

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ハムネット(マギー・オファーレル)

この著者の作品を読むのは、昏睡状態に陥った少女が短い生涯を振り返る『アリスの眠り』以来かな。『ハムネット』とは、11歳で早逝した文豪シェイクスピアの長男の名前です。『ハムレット』との関りが指摘されているのは言うまでもありません。本書は、シェイクスピアの妻アン・ハサウェイ(本書ではアグネス)に焦点を当てて、2人の出会いから、家族が長男の死を乗り越えていくまでを描いた物語。

 

アン・ハサウェイについては、出生や結婚や出産といった公の記録以外ほとんど何もわかっていないそうです。シェイクスピアストラトフォードに家族を置いてロンドンに出ていったことや、彼女が8歳も年長であることから悪妻説もあるのですが、もちろん著者は、そんな既成概念をきれいさっぱり覆してくれます。本書におけるアグネスは森の民を母として鷹匠の技を持ち、蜂を飼い、薬草に詳しいだけでなく、人の心の中を見通したり、未来を予測したりもできる謎めいた女性。もちろんそんな彼女に惹かれたのは、当時まだ無名の若造にすぎない未来の大文豪のほう。

 

結婚の時に既に身籠っていた長女スザンナに続き、双子の次女ジュディスと長男ハムネットを得たものの、夫の屈託の原因に気付いてロンドンへと送り出します。しかしそのとき既に、一家にペスト禍が迫っていたのでした。哀しみに暮れる父親はなぜ、亡くなった息子の名をつけた登場人物を生み出したのか。そしてその作品は、アグネスの心を癒すことができたのか。悲劇『ハムレット』の最後のセリフである「私の名を忘れるな」で終わる本書は、深い家族愛に満ちた作品なのです。

 

2022/7