1.喜べ、幸いなる魂よ(佐藤亜紀)
フランス革命前夜の18世紀ベルギー。商家で双子の姉として生まれた聡明な女性ヤネケは、当時最先端の科学に惹かれます。生命の驚異を探求するために「実験」として子供を産むみ落とすほどに狂おしい情熱は、彼女を半聖半俗の女たちが住まう「ベギン会」に移住させ、双子の弟テオの名義で科学論文を執筆する人生を選ばせます。しかしこのままならハプスブルクの緩やかな統治のもとで、皆それなりに平和な生涯を送れたはでした。隣国フランスで革命さえ起こらなければ・・。著者の既刊と同様に、困難な状況の下での希望を描いた作品です。
2.怪物(東山彰良)
大躍進政策時代の中国で撃墜された台湾空軍の飛行士である叔父が、飢餓大国と化した中国で3年間を生き延びることができたのは、彼自身が「怪物」となったからなのでしょうか。その叔父をモデルとした小説で脚光を浴びた47歳の小説家は、自分が書いた物語世界に取り込まれていくようです。「愛と自由を両方手に入れる怪物」への変身願望に苛まれるには、特異な体験など必要としないのでしょう。しかしそんな「怪物」とは想像上の生物にすぎないのかもしれません。
3.ハムネット(マギー・オファーレル)
シェイクスピアの妻であること以外はほとんど資料に残されていないアン・ハサウェイに焦点を当てて、家族が長男の死を乗り越えていく過程を描いた物語。『ハムネット』とは、11歳で早逝した文豪シェイクスピアの長男の名前です。シェイクスピアはなぜ亡くなった息子の名をつけた登場人物を生み出したのか。そしてその作品は、アグネスの心を癒すことができたのか。悲劇『ハムレット』の最後のセリフである「私の名を忘れるな」で終わる本書は、深い家族愛に満ちた作品でした。
【次点】
・敗残者(ファトス・コンゴリ)
【その他今月読んだ本】
・剣樹抄2(冲方丁)
・くらし安心支援室は人材募集中(雪村花菜)
・三人姉妹(大島真寿美)
・婿どの相逢席(西條奈加)
・八本目の槍(今村翔吾)
・滅びの前のシャングリラ(凪良ゆう)
・興亡の世界史2.スキタイと匈奴 遊牧の文明(青柳正規編/林俊雄著)
・年老いた子どもの話(ジェニー・エルペンベック)
・興亡の世界史3.通商国家カルタゴ(青柳正規編/栗田伸子・佐藤育子著)
・インドラネット(桐野夏生)
・観る将のための将棋ガイド(山口絵美菜)
・興亡の世界史4.地中海世界とローマ帝国(青柳正規編/本村凌二著)
・青空と逃げる(辻村深月)
・人類対自然(ダイアン・クック)
・あきない世傳 金と銀11 風待ち篇(高田郁)
・創られた心(ジョナサン・ストラーン/編)
・紅きゆめみし(田牧大和)
・二つの伝説(ヨゼフ・シュクヴォレツキー)
・紐育万国博覧会(E・L・ドクトロウ)
・若旦那のひざまくら(坂井希久子)
2022/7/30