りぼんの読書ノート

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憂鬱な10か月(イアン・マキューアン)

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語り手は妊娠10カ月めになる胎児。母親の胎内に閉じ込められて身動きもできませんが、既に意識も知能も一人前の男性であり、母親経由で入ってくる国際情勢にもワインにも詳しくなっています。

そんな彼が気にしているのは、崩壊しかけている家庭の状況です。美貌ながら不実な母親は、父親ジョンの弟と浮気を重ねており、詩人の父親とは別居中。しかも不倫中の2人が、胎児の父親を殺害して財産を奪い、生まれてくる子供は里子に出そうという物騒な計画を話し合っているのを聞いてしまったのです。

胎児は「生まれるべきか、生まれざるべきか。それが問題だ」と悩みます。もちろんまだ名前はありませんが、彼の名前は「ハムレット」になるのでしょう。母親トゥールディが「ガートルード」で、叔父クロードが「クローディアス」であることは明白ですね。従って2人の邪悪な企みは成就してしまうのですが、これは完全犯罪になってしまうのでしょうか。無力な胎児は、亡くなった父親の復讐を果たすことができるのでしょうか。そして彼は、ちゃんと生まれてくることができるのでしょうか。

本書の原題は「Nutshell(胡桃の殻)」。もちろんハムレットの「俺は胡桃の殻に閉じ込められても、無限の宇宙を支配する王者だと思っていられる」の言葉から採られています。本書を「無力な者の逆襲」という寓話的な物語として読むことも可能ですが、奇想天外なプロットと緻密なストーリーのアンバランスさを楽しむべき作品なのでしょう。

2019/2