りぼんの読書ノート

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アグルーカの行方(角幡唯介)

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1845年に「北西航路」発見のため英国を出発したフランクリン隊が、北極圏で音信途絶となった後に129人全員が亡くなったと判明した事故は、極地探検史上最大級の悲劇とされています。本書は、チベットニューギニアの未踏査地区を探検した著者が、友人の北極冒険家・荻田泰永氏とともに、フランクリンの航跡や隊員たちの足跡を追ってカナダ極北の不毛地帯を踏破した、壮絶な探検記です。

その距離、実に1600キロ。マイナス30度の氷上を毎日10~20km歩くためには、1日5000キロカロリーを摂取する必要があるするそうです。膨大な食料を含む重い荷物を載せた橇を人力で引き、段差の激しい乱氷帯では何度も橇を持ち上げ、北極熊や狼の脅威に怯え、ヘルペスや腹痛に苦しみ、それでも襲ってくる激烈な飢餓に苛まれる日々。

タイトルの「アグルーカ」とはイヌイットの言葉で「大股で歩く男」のことであり、かつて北極にやって来た探検家の何人かがこの名前で呼ばれたそうです。フランクリン隊全滅の理由や経緯は既に多くの研究者によって調べられていますが、隊長も亡くなり、船も捨てて分裂し、カニバリズムまで行ったグループもいた中で、さらに旅を続けたという「アグルーカ伝説」の真偽はどうだったのでしょう。

探検の後半ではGPSや衛星電話も手放しましたが、当時との絶対的な差異は正確な地図が存在していること。それでも一歩間違えれば死と向き合うことになる探検に赴く精神は、想像を絶しています。著者は「自然にいたぶられ、その過酷さにおののき、人間の存在の小ささと生きることの自分なりの意味を知ること」が極地を旅する意義であると述べていますが、著者は本書の探検にも満足していないようです。

本書を成功に導いた構図、すなわち「フランクリン隊が書けなかった報告書を完成させる」との意図が、「結果を予測できない探検」との要素を薄めてしまったとのことですが、果てしない探検家魂には恐ろしさすら感じてしまいます。

2019/2