りぼんの読書ノート

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ラグタイム(E・L・ドクトロウ)

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アメリカにおける20世紀初めから第1次世界大戦までの20年ほどの期間を、著者は「ラグタイム」と名付けました。黒人音楽に強い影響を受けてジャズの前身となった音楽ジャンルのことであり、リズムのシンコペーションという特徴から「ずれた時間」を意味する「ragged-time」から派生した言葉だそうです。おびただしい数の実在人物が浮かんでは消えていく中で、著者の創作による3つの家族の姿を描いた本書は、ラグタイムのリズムに乗っているようです。

 

ひとつめの家族は、実業家として成功したアングロサクソン系の一家。当主のファーザーはピアリ提督の北極探検に同行するほど冒険的な人物。妻のマザーは貧しいユダヤ人家族や黒人娘に好意を見せる博愛主義者。妻の弟のヤンガーブラザーは情痴事件に巻き込まれた美貌のモデルに恋したあげく、アナーキスト女性革命家のエマ・ゴールドマンに影響を受けてメキシコ革命に参加するに至ります。ファーザーとマザーの息子がリトルボーイ

 

ふたつめの家族は、貧しいユダヤ系移民の家族。夫のターテはスラム街の行商人から特技を生かして影絵絵師となり、ついにはハリウッドの映画界で成功を収めるに至ります。しかし妻のマーメは貧窮と屈辱の中で、美しい娘リトルガールを遺して亡くなってしまいます。創作人物の中で唯一名前を与えられている3つめの家族は、ラグタイム音楽の演奏者である黒人のコールハウスと、その恋人のサラ。彼が差別主義者の消防署長から辱めを受けたことをきっかけとして、サラは州兵に殴られて死亡。復讐を誓ったコールハウスはテロリストへの道を歩みます。

 

この両家族と関わったファーザー一家の視点から本書を眺めると、はじめは移民問題にも人種差別問題にも無関心であった普通の白人一家が、いやおうなしに社会的矛盾に気付かされ関りを持たされてきたのが、この時代ということなのでしょう。そして最後に戦争がやってくるのです。ほかにも魔術師のフーディニ、金融資本家のJ・P・モルガン、自動車王のヘンリー・フォード、一流建築家のスタンフォード・ホワイト、精神科医フロイトユングらが、3組の登場人物や、実在の大統領、皇族、軍人、革命家らと直接・間接に関わり合って、複雑なタペストリのように時代を編み上げていきます。そして、激しく揺れ動いた時代の中で育ってきたリトルボーイとリトルガールが、次の時代を担っていくのでしょう。

 

2021/9