りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

読書

2023/3 Best 3

1.ホットミルク(デボラ・レヴィ) 25歳の女性ソフィアは、大学を中退して我儘な母親の介護に尽くすだけの生活をおくっており、自分自身の人生をどこかへ置き去りにしてしまったよう。そんなソフィアは、母親の治療のために訪れたスペインの海辺の町で変…

刺青の男(レイ・ブラッドベリ)

1951年に出版された著者初期の短編集ですが、人間心理と技術発展の矛盾をテーマとする作品が多く含まれており、決して古びてはいません。「刺青の男」の全身に彫られた刺青が動き出して18の物語を紡ぎ出し、最後には聞き手の未来に関する物語が現れる…

悪魔の孤独と水銀糖の少女 2(紅玉いづき)

孤独の悪魔を背負う男ヨクサルと死霊術師の孫娘シュガーリア。呪われた島から旅立ち、逃亡の日々を送ることになった2人の目的は、徹底した異端狩りを行っている正義の帝国に抵抗し続けること。道中で有翼種の血を引く少年ビーノを助け出して砂漠の街バフハ…

リラと戦禍の風(上田早夕里)

『華竜の宮』や『深紅の碑文』などの「オーシャンクロニクルシリーズ」を代表作とするSF作家が、なぜファンタジー小説を書いたのでしょう。しかし第二次大戦下の上海で細菌兵器の恐怖を描いた前作『破滅の王』で、すでにその予兆はあったのです。 本書の舞…

ムーン・パレス(ポール・オースター)

著者が「いままで書いた唯一のコメディ」と評する本書では、前半の青春小説が後半になって伝奇冒険小説へと変貌していく展開を楽しめます。 時代は1969年。人類がはじめて月を歩き、メッツが奇跡の優勝を遂げた夏。父を知らずに育ち、母を11歳の時に交…

鉄路2万7千キロ世界の「超」長距離列車を乗りつぶす(下川裕治)

長距離列車に乗るだけの貧乏旅行などは自分の旅行スタイルからは程遠いのですが、「怖いもの見たさ」で時々読んでしまいます。本書は「世界の長距離列車ランキング」の中から、重複を避けて、現在乗車可能な5本の列車に乗車した記録です。乗車順は距離数の…

凍りのくじら(辻村深月)

藤子・F・不二雄先生の「ドラえもん」へのオマージュという形をとって、多感な女子高生の揺れ動く心情を描いた、ひと夏の物語。 カメラマンの父親は5年前に失踪、今また母親を病で失いそうになっている高校生の理帆子が主人公。聡明ながら自尊心も高い彼女…

宮部みゆき全一冊

作家生活30周年記念として出版された、新潮社による企画もの。巻頭のロングインタビューにはじまり、単行本未収録の短編3作、単行本未収録のエッセイや書評や対談、さらにはいしいひさいち氏による漫画作品や、新潮講座の講師による短篇紹介など、盛りだ…

声の物語(クリスティーナ・ダルチャー)

21世紀版『侍女の物語』とも称されている作品です。アメリカで超反動的な政権が樹立され、全ての女性から言葉が奪われてしまいます。1日100語を超えると強い電流が流れ、それでも違反を繰り返すと致死量にまで電圧が高まっていくワードカウンターの装…

ビット・プレイヤー(グレッグ・イーガン)

現代ハードSF界の第一人者である著者の、第6短編集です。最新の物理理論や宇宙論に少し手を加えた著者独特の世界をじっくり味わうには長編のほうが適していると思うのですが、短篇には強烈なインパクトを次々と味わえる楽しみがあるのです。 「七色覚」 …

ブルックリン・フォリーズ(ポール・オースター)

翻訳者の柴田元幸氏によると、本書は『幻影の書』と『オラクル・ナイト』に続く、「自分の人生が何らかの意味で終わってしまったと感じている男の物語」の第3作めにあたるそうです。語り手のネイサンは、肺ガン治療から生還したばかりのバツイチで初老の元…

ディープすぎるユーラシア縦断鉄道旅行(下川裕治)

「62歳のバックパッカー」を自称する著者が出かけた旅は、ユーラシア大陸最南端駅のシンガポールから、最北端駅のムルマンスクを目指す18000kmを超える鉄道旅。かつての『ユーラシア横断2万キロ 』には距離的にはわずかに及びませんが、内容は濃い…

湖(ビアンカ・ベロヴァー)

チェコの女流作家による、不思議な雰囲気に満ちた作品です。巨大な湖のほとりの村に生まれた少年ナミが、幼いころに家を出た母親を探し求める物語なのですが、本書の舞台になっているのは地理的にも時代的にも特定できない謎めいた世界なのです。 次第に水位…

福袋(朝井まかて)

著者自身が「読む落語」と称した本書は、江戸時代の庶民を主人公にして、江戸文化と人情を描いた時代小説短編集です。武家の世界を描いた短編集『草々不一』と対をなしています。 「ぞっこん」 「ビラ字」とも呼ばれる独特の「寄席文字」を編みだした職人・…

草々不一(朝井まかて)

江戸期の庶民の生活を描いた『福袋』と対をなす本書は、武家の世界を描いています。身分やしきたりに縛られた武家社会においても、喜怒哀楽の感情は現代と変わりません。どの作品にも「食」に絡む話題が添えられている点も、当時の社会が現代と地続きである…

わたし、定時で帰ります。(朱野帰子)

「働き方改革」を実現するには、効率良く密度濃く仕事をこなしていくことが必要条件。でもそれを阻害する要因がいかに多いことか。会社勤め経験がある人なら、すぐに思い浮かびますよね。 ウェブ制作会社で働く30代の東山結衣は、入社以来ポリシーを持って…

がいなもん 松浦武四郎一代(河治和香)

昨年は北海道命名150年にあたり、その名付け親となった松浦武四郎の生誕200年にあたっていたとのこと。本書は、それを記念して描かれた作品です。今年7月には、本書が原作というわけではありませんが、彼を主人公とするNHKドラマ「永遠のニシパ」…

紅霞後宮物語 第8幕(雪村花菜)

シリーズ第8作は、第1部を締めくくる巻になりました。軍人皇后として歴史に名を刻んだ関小玉は、2つの隣国との戦に大勝したものの、傷毒を悪化させて生死の境をさまよっています。もちろん主人公がここで亡くなるはずはありませんが、こういう際に脇役た…

月夜彦(堀川アサコ)

平安期の闇を描いた王朝ダークファンタジーです。 主人公は、零落した母から自身が右大臣の落胤と聞かされて育った小槌丸。いっぱしの小悪党になっていた小槌丸は、貴族として優雅に暮らしている異母兄の月夜彦を殺してなり替わりたいという、ヤバイ望みを持…

子どもたちは夜と遊ぶ(辻村深月)

教師を目指している大学4年生の月子。彼女と親密な関係を気付いている大学院生の狐塚孝太。孝太と同じ研究室にいる天才肌学生の木村浅葱。3人の男女の微妙な関係が連続殺人劇に結びついていくというのは、かなり無理がある展開なのですが、そこはデビュー…

インヴィジブル(ポール・オースター)

1967年に燃え尽きるような体験をした学生ウォーカーの手記が、2008年になって、小説家となっていた元同級生ジムのもとに突然送り付けられてきます。まもなく病死したウォーカーに代わって、小説家は彼の物語の後日談を見極めることになるのですが、…

親鸞 全挿画集(山口晃)

五木寛之さんの『親鸞3部作』が新聞に連載されていた時の挿画、全1052点をすべて、画家の「絵解きコメント」つきで収録した作品です。最初は『親鸞』の「紙芝居バージョン」かとも思いましたが、本書からは物語のストーリーは超断片的にしかわかりませ…

パルプ(チャールズ・ブコウスキー)

「パルプ・フィクション」から採られたタイトル。ロサンゼルスという舞台。ニック・ビレーンという私立探偵の主人公。謎の美女による調査依頼。こう並ぶと「ハードボイルド」のようですが、本書は正統派に対するオマージュですね。荒唐無稽な展開は、むしろ…

麒麟児(冲方丁)

清少納言の悲壮な決意を描いた『はなとゆめ』以来、5年ぶりの時代小説は、江戸城無血開城に至った2日間の物語でした。江戸という大消費地を無血のまま開城させて幕末の混乱を最低限に抑えることで、諸外国の干渉を排除しえた奇跡的な交渉は、なぜ実現でき…

春雷(葉室麟)

『蜩ノ記』と『潮鳴り』に続く「羽根藩シリーズ第3弾」ですが、各作品の間に深い関係性はなく、それぞれ独立した作品です。強いて共通点を挙げるなら、いずれも敗者復活をテーマとする再生の物語である点でしょうか。身分や地位が固定された江戸社会におい…

エリザベスの友達(村田喜代子)

認知症に罹った老人たちが終の棲家とする「ひかりの里」を舞台にして、超高齢化社会となった日本が直面する深刻な現実を描いた小説ですが、読後感は爽やかです。それは物語のテーマが「帰ること」であるからなのでしょう。 現実世界から遊離して、記憶の中に…

小さくても偉大なこと(ジョディ・ピコー)

『わたしのなかのあなた』の著者が、人々の心の中に潜むレイシズムをテーマとして書き上げた作品です。 物語はまず、目に見えるレイシズムから始まります。ホワイトパワー運動を信奉するネオナチ夫婦が、2人の新生児の突然死を、アフリカ人アメリカ人の看護…

アルファベット・ハウス(ユッシ・エーズラ・オールスン)

第2次大戦末期、ドイツ上空で撃墜されてパラシュートで降下した2人のイギリス人は、偶然やってきた列車に飛び乗って追跡を逃れます。しかしその列車は、精神に異常をきたしたナチ将校たちを、アルファベットハウスと呼ばれる精神病院に運ぶものだったので…

話の終わり(リディア・デイヴィス)

著者が自ら語っているように、本書の内容は「いなくなった男の話」という、何の変哲もないテーマです。西海岸の街に住み、翻訳業で生計を立て、50歳に手が届こうとしている女性が、10年以上前に別れた年下の男のことを回想しているにすぎないのですが、…

あたらしい名前(ノヴァイオレット・ブラワヨ)

1980年に独立したジンバブエは、2000年代になってムガベ大統領独裁体制のもとで2億%ものハイパーインフレや90%の失業率という大混乱に陥ります。国民の1/4が国外に脱して、南アフリカなど周辺諸国の社会問題にもなっているほど。本書は、1…