りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

惑う星(リチャード・パワーズ)

ピュリッツアー賞を獲得した前作『オーバーストーリー』と同様に、人類の自然破壊行為に対する警鐘がテーマです。9人もの登場人物が絡み合う長大な前作を交響曲とするなら、ひと組の父子の物語である本書はピアノソナタであると著者が語っているように、わかりやすい作品に仕上がっています。

 

視点人物である宇宙生物学者シーオは、母親アリッサが事故死した後、9歳になる息子ロビンを男手一つで育てています。心優しいロビンが適応障害症状を見せ始めたことに悩みますが、彼は息子に向精神薬を服用させたくはありません。妻の旧友であった脳神経学者に相談して、データ化されていた生前の母親の感情をロビンに追体験させる実験的なトレーニングに参加させることにしました。結果は良好で、情緒を安定させたロビンは周囲が驚くほどの聡明さを発揮し、弁護士だった母親のライフワークであった動物保護運動に積極的に取り組んでいくのですが・・。

 

本書の舞台は、専制的なカリスマ大統領によって分断されたアメリカです。かつて著者が『われらが歌う時』で描いた黒人大統領の誕生という高揚感は既に消え失せています。シーオがロビンへの寝物語としている、架空の太陽系外惑星に生まれた架空の生物種のフィクションは多様性の尊重を訴えているものの、むしろその無力感を際立たせているように思えるのは、時代背景のせいなのでしょう。自然保護を訴える北欧の14歳の少女をTVで見たロビンが一瞬で初恋に落ちたシーンは微笑ましかったものの、本書のエンディングは決して明るいものではありません。

 

生物種の多様性への無理解は、人種の多様性への無理解に通じ、人間の行為や信条や指向に対する無理解をもたらしていくのでしょう。孤独が原因で滅亡した架空の惑星へと向かう誤った道から、人類は引き返さなくてはならないのですが・・。

 

2023/5