りぼんの読書ノート

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深紅の碑文(上田早夕里)

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華竜の宮の続編です。大規模な海面上昇が起きてから500年。陸上と海上の民が同居する地球で、ホットプルーム爆発と全球凍結という未曾有の大災害が50年以内に起こると予測されます。滅亡を言い渡されたに等しい人類は、残された期間をどう生きたのか。前作の唐突なラストに至るまでの物語が、本書で描かれていきます。

主人公の1人は、海賊集団ラブカのリーダーであるザフィール。もう1人は、前作で日本政府の外交官であった青澄。海上民の救援団体の理事長として陸と海の対立を解消させようと奔走する青済に対して、あくまで陸に対する闘争を続けようとするザフィールは言い切ります。「陸上民が海上民に対して行う差別は、違う生物に対する蔑みだ」と。絶滅を前にしても、人間の対立は止まないのでしょうか。

一方で、本書では「空」を代表する人物が登場します。若き女性エンジニア・星川ユイは、人類の文化と地球生物の種を25光年先にある地球型惑星に届けるための宇宙船開発プロジェクトに力を注ぎます。限られた資源の無駄遣いと激しい非難を浴びながらも、彼女たちは夢に命を賭けるのです。短編リリエンタールの末裔の主人公チャムも、老エンジニアの役で再登場。

この3人を中心に据えたドラマを勧めながら、本書は、滅亡を前にした人類が未来に遺すべきは何なのかを問いかけていきます。遺伝子なのか、文化なのか、再生への希望なのか。それは同時に「人類」の定義すら揺るがせる問いでもあります。人間の精神構造を受け継ぐマシン知性体。意識構造が改変されている「救世の子」たち。陸上民とは異なる文化や遺伝子を備える海上民。そして人類の遺伝子を保存するために人為的に創造された深海生物ルーシィ。

人類が遺し得るものが、「血まみれの深紅の碑文」だけとはなって欲しくないものです。

2014/4