りぼんの読書ノート

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パチンコ 下(ミン・ジン・リー)

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劣悪な環境の中で兄嫁とともに戦中の大阪を生き抜き、2人の息子を育て上げたソンジャのもとに、初恋の相手であったハンスが姿をあらわします。日本の裏社会で大きな存在感を持つハンスは、これまでもずっとソンジャの一家を助けていたというのです。しかし成績優秀で早稲田大学の学生となった長男ノアは、自分の実の父親がハンスであると知って動揺を隠せません。失踪したノアは、後に日本に帰化する道を歩むのですが、自身のルーツに悩み始めます。

 

その一方で学業は振るわないものの正義感を持つ次男モーザスは、大阪でパチンコ店を経営する在日コリアンの後藤に見いだされて就職。フロア長から店長へと出世の道を歩み、やがては横浜で自分の店を持つに至ります。友人の母が営む仕立屋でお針子をしていた由美と結婚して、ソロモンという息子を得るものの、アメリカへの移住を夢見ていた妻は事故死。ソロモンは祖母ソンジャに育てられます。戦争から復興してゆく日本社会で、まるでパチンコの玉のように運命に翻弄されるソンジャと息子たち、そして孫たちの物語は、どこにたどり着くのでしょう。

 

移民1世のソンジャたちの苦労は貧困の中で生活を成り立たせることでしたが、移民2世である息子たちは、アイデンティティの問題で苦悩します。アメリカで教育を受けた移民3世のソロモンでさえ、この問題とは無縁ではいられません。日本と韓国と朝鮮のエアポケットに落ちてしまったような在日コリアンという存在の生き方の物語が、移民の国アメリカで共感されたのは、この部分にあるのでしょう。アイルランド系、イタリア系、ユダヤ系、アフリカ系、中国系、インド系、日系などの移民の物語には、優れた作品が多いのです。とはいえ、圧倒的な物語の面白さがなければ小説はヒットしないもの。本書を読めば、それがわかるはずです。

 

以下は余談です。あるイギリスの文豪の作品で、主人公のユダヤ人男女にイスラエル建国の理想のためにイギリスから出国するというハッピーエンドの物語があるそうです。それは不必要な外国人を排除するための口実でなないかとの指摘を読んで、「キューポラのある町」を思い出しました。今の感覚では考えられませんが、理想国家である北朝鮮のために帰国した者が大勢いた時代の話です。彼らの不幸な末路については本書の中でも触れられています。

 

2021/10