りぼんの読書ノート

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海と山のオムレツ(カルミネ・アバーテ)

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15世紀から18世紀にかけてオスマン帝国の圧政から逃れてきたアルバニア移民が築いた、アルバレシュと呼ばれる村々が、南イタリアカラブリア州に多く点在しています。そこでは独自の言語や文化が大切に守られているのですが、料理も例外ではありません。本書はそんな村のひとつに生まれて作家となった著者が、懐かしい食べ物の記憶と結びつけながら、自分の半生を綴った作品です。

 

タイトルの「海と山のオムレツ」とは、祖母が作ってくれた腸詰とオイル漬けのマグロが入ったオムレツのこと。オムレツをはさんだパンを持って出かけたアリーチェ岬で、はるか昔の先祖が上陸したと伝わる砂浜にひざまずいて口づけする祖母の姿が、著者の原風景なのでしょう。そのオムレツはカモメに奪われてしまうのですが。

 

「前菜、第1の皿、第2の皿、デザート」との章立ては、イタリアンレストランのメニューを模したものですが、伝統的なアルバレシュ料理や南イタリア料理に加えて、他の地方の料理の名前も入ってきます。少年はやがて故郷を離れ、バーリの大学に進み、ハンブルクでイタリア語教師となり、北イタリアのトレンティーノで家庭を構えるのです。それでも故郷の料理が忘れられることはありません。近海で獲れたイワシやタコ、自家製のオリーブオイルやワイン、チーズやじゃがイモ、スイカやイチジクなど、地元の海や山で採れた食材をふんだんに使った料理が美味しそうなのは、著者の少年時代が豊穣だったことを表しているのでしょう。もちろん「舌を燃やし、思い出を焼き尽くすことができる」ほどに辛い唐辛子もあるのですが。

 

著者は『風の丘』、『偉大なる時のモザイク』、『ふたつの海のあいだで』など、カラブリアを舞台とする物語を書き続けています。ある者は土地にしがみつき、ある者は余儀なく故郷を去り、ある者は再び戻ってくる物語群の背景には、常にこのような地元料理があったのでしょう。

 

2021/5