りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ハーモニー(伊藤計劃)

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アメリカで発生した暴動をきっかけにして戦争とウィルスが広まった後」ということは、虐殺器官から繋がっている世界なのでしょう。「大災禍」と呼ばれる世界的混乱への反省から生まれたのが、「生府」が統治する、医療経済を核にした高度な福利厚生社会でした。ネットワーク化された健康管理システムによって病気は消滅し、誰もが互いを気遣って親密にしなくてはならないユートビアが実現したのです。

そんな優しさが真綿で首を絞めるような世界に抵抗するため、餓死することを選んだ3人の少女でしたが、実際に亡くなったのはミァハだけでした。それから13年、生き残ったトァンは世界保健機構の生命観察機関への所属を隠れ蓑にして不摂生な生活を楽しんでいました。しかし帰国したトァンの目の前で、もうひとりの生き残ちであったキアンが「ごめんね、ミァハ」の言葉とともに自殺するという事件が起こります。そしてその同時刻に、世界中で同時多発自殺事件が発生していたのです。

事件の影に死んだはずのミァハの存在を感じ取ったトァンは、彼女の足跡を追う過程で、生府上層部が極秘に研究を進めていた「ハーモニー・プログラム」の存在に気づきます。それは「大災禍」の再発を恐れた者たちによる、人間の意思を制御する試みなのですが、人間の意識を消滅させてしまう副作用が見つかっていたというのです。同時多発自殺事件は、プロジェクト内部の急進派の仕業なのでしょうか。そしてミァハは、どう関わっているのでしょうか。

「人類の最終局面に立ち会ったふたりの女性の物語」と紹介されている本書は、「意識と意志」の深層にまで踏み込んでくれました。自意識を有する限り人類は幸福になれないのか。自意識が失われた世界はユートピアなのか、ディストピアなのか。2人の女性に託すには重すぎる問題なのですが・・。

2019/4